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ICEDC学会レポート「多文化環境における教育:人権のための闘い」

 
イギリスの大学院に留学してからはじめて、学会に出席してきました!
と言っても、わたしはプレゼン発表をしたわけではなく、聴講のみです。
(いつか、PhD(博士課程)に進む日が来たら、こういう場で発表できるようなリサーチがしたい!)
 
ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London, UCL)のロンドン大学教育研究所(Institute of Education, IOE)中にある、International Centre for Education and Democratic Citizenship (ICEDC)が毎年開催している学会で、主催者はProf Audrey OslerとProf Hugh Starkey。わたしは研究者向けのSNS「Acacdemia.edu」でAudreyをフォローしていたので、この学会のことを知ることができました。
 
第9回目となる今回のテーマは、
Education in Multicultural Settings: the Struggle for Human Rights
(多文化環境における教育:人権への闘い)
でした。
 
わたしが強い関心を持ってヨークで研究しているグローバル教育・シティズンシップ教育・人権教育のトピックに強い関連があり、ぜひ参加したいと思ったため、朝5:30に起きてはるばるロンドンへ!ヨークからロンドン(キングスクロス駅)までは、電車で2時間ほど。
 
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学会では、10名以上の発表者(教授やPhDの学生など)によるプレゼン(各15分程度)を聞きました。かなりのボリュームなので、それぞれのポイントをかいつまんで日本語でもまとめておきます。
 
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■(基調セッション)Dr Samia Bano (Senior Lecturer in Law, Centre of Isalamic and Middle Eastern Law (CIMEL), SOAS, University of London)
テーマ:多文化社会イギリスにおけるムスリム女性の経験
 
・現在起こっている議論:インフォーマルな宗教法システム/多文化主義/ジェンダー差別
例)学校でヴェールを脱ぐ権利、職場でジルバブを着用する権利など
・シャリア(イスラム法)を守りつつも、どの程度ムリスム女性が自らを自由に表現できるか?
・2011年Family Justice Review:パブリック・スペース(子どもの保護など)に関する法制度の改革の必要性と、プライベート・スペース(離婚など)における手続きの簡素化(仲介など)について言及。
・研究命題①:家族、コミュニティにまつわる複雑性(家族法周辺の課題)
(宗教的コミュニティの仕組みは、政府の公的介入をほとんど受けずに「プライベートな」ものとして運営されていくべきか?)
・研究命題②:「公的システム」VS.「宗教的コミュニティ」
(行政的な離婚手続きだけでなく、The Muslim Law Shariah Council UKに「離婚証明書」の発行を申請するムスリム女性たち→宗教的コミュニティへの帰属意識・アイデンティティが強い)
 
 
Kerim Sen (UCL IOE PhD)
テーマ:トルコにおける過去20年間のシティズンシップ教育改革の変遷
 
・世俗主義的ナショナリズム:教育カリキュラムは、政府のイデオロギーを伝える手段として捉えられてきた。
・カリキュラム改革①(1997~2012年):非軍事化(demilitarisation)
・カリキュラム改革②(2012年~):イスラム教化(Islamisation)→シティズンシップ・民主主義的教育の削除→宗教的ナショナリズムへ
・シティズンシップ教育のカリキュラムとしての不安定さが露呈されている。
 
 
Adem Ince (University of Leeds, PhD)
テーマ:トルコにおけるシティズンシップ教育が民族的マイノリティグループに与える影響
 
・既存の教育カリキュラムはナショナリズムによって支配されており、ケマリズム(アタトゥルク主義)と同一視されている。
・教科書では”Turkishness”(トルコ人らしさ)が賞賛され、そのことがマイノリティグループの排除に繋がっている。
・国民の44%がマイノリティグループを「あまり信用していない」、29%が「全く信用していない」という調査結果も。
・今後の研究では、シティズンシップ教育政策と実践が特にクルド(Kurds)の人々に与える影響に焦点を当てる。
 
 
Dr Yuka Kitayama (Buskerud and Vestfold University College, Norway)
テーマ:ダイバーシティ、シティズンシップ、そして日本における極右派の隆盛
※北山夕華博士はわたしと同じヨーク大学のMA卒業生で、平成25年度から日本学術振興会の海外特別研究員として「ノルウェーにおけるシティズンシップ教育と社会的包摂」について研究されています→HBV welcomes researcher from Japan – hbv.no
 
・背景:戦後、愛国主義的な表現がセンシティブな問題に/移民の増加(外国籍人口は全体の2%)/民族的マイノリティは500万人(全人口の3.3-4.8%)というデータも。
・2011年時点で登録されている外国籍人口:中国(32.5%)韓国(26.2%)ブラジル(10.1%)フィリピン(10.1%)→日本語話者含む。
・政治におけるナショナリズム:人気のある右派政治家(石原慎太郎氏など)、中国や韓国との領土問題、歴史教科書問題(90年代~)、2006年の教育基本法改正(愛国主義的)、道徳教育をめぐる論争、君が代・日の丸問題など。
・インターネットの発達により、右派ムーブメントが一般市民にとってもアクセスが容易に。
・外国人嫌悪、特に韓国人に向けたヘイトスピーチ:民族的マイノリティの学校が人種差別主義デモの標的に。また、子ども自身が右派デモに参加することも。
・学校教師、言語アシスタントなどへのインタビュー:教師同士での偏見(民族的マイノリティ出身の教師やPTAメンバーの不足)、マスメディアや両親からの影響(「韓国人とは仲良くなるな」等)
・偏見や差別をなくすための個人的な努力だけではなく、組織的な取り組み・法的枠組みでの検討も必要。
 
 
■(基調セッション)Prof Gus John (Chair of the Communities Empowerment Network and associate professor of education at the UCL Institute of Education, London)
テーマ:インクルーシブ教育の推進、学校と子どもの権利の視点から
 
・「全員いっしょ(The one-size-fits-all)」の学校システムは、特にアフリカの伝統的コミュニティにおいて、社会的排除を促進している。学校という場が市場主導になってきており、労働市場で使えるスキルを身に付けさせ、「適応できるものだけが生き残れる」場になってしまっている(つまり、「排除」は管理のために不可欠なものとみなされている)。
・学校システムから排除されてしまう子どもたちの多くは、Special Educational Needs(SEN:特別な教育的ニーズ)を抱えている。
・2010年に平等法(Equality Act 2010)が成立したが、現状としていまだに適切な支援を受けられていない子どもたちは多い。子どもの権利という視点から、学校システムの在り方を問い直すべきである。
 
 
Sneh Aurora (Amnesty International)
テーマ:人権フレンドリースクールの取り組み:学校全体で平等、インクルージョン、ダイバーシティを推進するアプローチ
 
・アムネスティ・インターナショナルでは、Human Rights Friendly Schools(人権フレンドリースクール、以下HRFスクールと表記)というプロジェクトを実施している。学校生活を通して人権尊重の理念を体現するため、学校コミュニティの全てのメンバーの積極的な参加を促すための取り組み。現在世界20ヶ国以上で展開中(アジアではモンゴル、インド、韓国で実践例がある)。
・キーワード:差別をしない、インクルージョン、参加、説明責任、カリキュラムや教育メソッドを通したエンパワーメント
・生徒だけでなく、学校コミュニティのメンバー(教師や他のスタッフ含む)全体をエンパワーメントする。また、机の並び方やトイレ環境など、学校の生活環境を通して平等や尊厳が守られるようにする。
・ただし、HRFスクールとして認められるための「基準」をクリアしなければならない、というものではなく「ガイド」に基づいてプロジェクトを推進していく学校を増やしていこうという趣旨。
・実践例①アイルランド:全生徒数の10%が移民の子どもたちという学校において、さまざまな言語で書かれたあいさつを玄関や廊下に飾るなど、民族的アイデンティティにとらわれないインクルーシブな環境づくりを推進。その結果、人種などの違いだけでなく他のマイノリティ(LGBTなど)への生徒への関心・理解も高まってきている。
・実践例②ハンガリー:ロマのコミュニティにおける学校で、教師、生徒共に自信の欠如が課題となっていた。地域のNGOと協働してHRFスクールとしてのプログラムを推進していったことで自己肯定感が高まり、学習成果も改善されてきている。
 
 
Mai Abu Moghli (UCL IOE, PhD)
テーマ:パレスチナ自治政府が運営する西岸地域の学校における人権教育
 
・西岸地域、ガザ地区両方において、公民教育のカリキュラムの中で人権教育が謳われている。
・公民の教科書では人権について多く述べられているものの、実際の内容については、複雑な社会状況を鑑みて注意して見る必要がある。
・たとえば、学校運営が外国からの援助に頼っているため、援助機関の望むアジェンダ(平和構築プロセスにおける非政治化など)と相反する内容は盛り込めない。
・教育省の新しい戦略(2014-19年)では人権教育(ジェンダー平等など)に重きを置くとされているが、実際はナショナリズム的な内容になっている。たとえば人権そのものよりも、それを得るための国民としての義務の方が強調されており、自由を追求するための闘争については言及されていない。
・今後の研究では、西岸地区の5つの学校に焦点を当て、パレスチナ自治政府統治下での人権教育の内容を形成する要因や、教師・生徒の感じ方、どの程度生徒の社会参加につながっているかを分析する。
 
 
Dr. Ioanna Noula (University of Thessaly, Greece)
テーマ:「二分化」するシティズンシップ:新自由主義時代におけるギリシャの小学校でのアプローチ
 
・小学校6年生のクラスでの観察、インタビューを通して、教室で実践されている教育アプローチと、生徒たちがどのようにシティズンシップを捉えているかを研究。
・ギリシャでは経済危機、移民や亡命者の増加などによるパラダイム・シフトが起こっている。国民の経済的不安から外国人嫌悪や人種差別といった動きが顕著になってきている。
・教育現場においても、生徒をエンパワーメントするための教師のモチベーションが低下傾向にある。
・リサーチ成果:大学入試のプレッシャー(とそれに伴う保護者の期待)が、教師の教育アプローチの選択に影響を与えている。また、小学校・中学校においては、教科の階級化(成績評価のある教科は重要視されるが、それ以外は軽視される)が見られる。その結果として、教師は生徒と対話を通じた関係性を築き、社会参加に向けて力づけることに消極的になっている。
・二分化:ギリシャ市民vs.移民や難民、ギリシャ市民vs.政府
・競争原理が優先されることで、生徒の社会疎外が懸念される。
 
 
Hein Lindquist and Prof Audrey Osler (Buskerud and Vestfold University College, Norway)
テーマ:ノルウェーのシティズンシップとダイバーシティ
 
・ノルウェーには、大きく分けて3つの民族的マイノリティが暮らしている:(1)先住民族(Sami)、(2)ナショナル・マイノリティ(Roma, Jews, Tatarなど)、(3)移民。
・ノルウェー語の習得は個人の努力に委ねられており、非ネイティヴスピーカーの社会排除に繋がっている。
・また近年のテロ攻撃の増加(パリ、コペンハーゲンなど)により、先に挙げたマイノリティグループに対するヘイトスピーチや、法規制の厳重化の傾向が見られる。→このような課題に対して、学校や幼稚園はどのような教育を実践していくべきか?
・ノルウェーとデンマークの中学校を対象にしたAttitudes to Human Rights and Diversity in Education(ATHURDE)プロジェクトの調査結果:クラスルーム・マネジメントと、教師のサポートが、生徒の幸福度、モチベーションに大きく影響する。
・ダイバーシティ、人権を尊重する文化を構築することが学校教育でも求められる。
 
 
Prof Nilda Stecanela (University of Caxias do SUl, Brazil)
テーマ:ブラジルの義務教育:教育へのアクセス、学習、対話をめぐる権利
 
・ブラジルの義務教育期間の変遷:4年(1971-)→8年(1996-)→9年(2006-)→14年(4-17歳:2013年-)
・就学年齢に達している子どものうち約95%が学校教育にアクセスする権利を保障されている。しかし、学習に対するモチベーションや関心が低い子どもも少なくないこと、学校教育と家庭教育の境界線が曖昧であることなどから、「教育にアクセスする権利」と「義務教育を受けなければいけない不快感」のジレンマが生まれている。
・教育にアクセスする権利だけでなく、学習することに対して子どもたちの意見を聞くこと、支配者(教師)と被抑圧者(生徒)の二分的な構造ではなく互いに尊重し合う関係を構築すること(パウロ・フレイレが論じた「対話」)、コミュニケーションを仲介するのは文化であることを理解すべきである。
 
 
■(総括パネルセッション)Prof Audrey Osler, Prof Gus John and Prof Hugh Starkey
 
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・共通の傾向:新自由主義(ネオリベラリズム)の台頭、不明瞭な政策議題、異なる出自を持つ生徒たち。
・イギリスでは今、SMSC(spiritual, moral, social and cultural development:精神的、道徳的、社会的、文化的発達)の授業を通して「イギリス人の価値観(British Values)」を教えることが義務づけられているが(参考記事:「イギリス人の価値観」を学校でどう教えるか?【前編】)、ベースにあるべきは人権尊重の姿勢である。
・しかし、人権のフレームワークだけでは不十分。政府に対して抵抗・挑戦し、社会正義を達成するための手段として法律を用いることが必要であり、学術界はそうした状況に挑戦し続ける場所であるべきである。
ポストコロニアル理論と人権尊重の姿勢を持ち合わせること。そのアプローチはもちろん課題もあるが、社会的にのけ者にされがちなマイノリティグループの視点を意識するという意味で重要。
・問い:認識的(cognitive)、情緒的(affective)、能動的(active)な側面から若年層を支援するにはどうすればよいか?
 
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以上、箇条書きですが学会レポートでした。
シティズンシップという概念は、時代や国など文脈によって常に変化していくものであり、ローカルの現実とグローバルな課題の両方を注視していくべきであるということを、世界各国(イギリス、日本、トルコ、パレスチナ、ギリシャ、ブラジルなど)の研究発表から実感することができました。
 
日本の教育において「人権尊重」と言うと、「途上国の子どもが・・・」「いま紛争が起きている地域では・・・」と海外の問題にばかり目が向いてしまう傾向があり、国内におけるシティズンシップ、人権をめぐる課題が軽視されているように感じます。
テロの脅威や経済危機など世界情勢が不安定になり、ナショナリズム的な思想が各国で隆盛する中、いわゆるマイノリティグループ(人種、ジャンダー、障がいなど)の社会的包摂は、共通のグローバル課題と言えます。若年層の社会参加という文脈において、そもそも参加が阻まれている層(外国にルーツを持つ子どもたちなど)をどうサポートし、また政策提言していくのか、というテーマについて、今後も考えていきたいと思います。