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「英国的価値観」を学校でどう教えるか?【前編】

 
先日、わたしがインターンをしているNGO、グローバル教育センターが主催する教師向けワークショップに参加してきました。
テーマは、“Exploring British Values(英国的価値観の探究)”。この機会に学んだこと、考えたことを前編・後編に分けてレポートします!
 
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[Image: The KEEP KALM-O-MATIC]  
 
■「英国的価値観」とは?
 
昨年(2014年)11月27日付けで、イギリスの教育省(DfE)により、全ての学校でBritish Values(ブリティッシュ・バリューズ=英国的価値観)が促進され、生徒のSMSC(spiritual, moral, social and cultural development:精神的、道徳的、社会的、文化的発達)が改善されなければならない、という通達が出されました。どの程度各学校できちんと教えられているか、がOfsted(Office for Standards in Education:教育水準監査院)による学校監査の評価対象にもなります。
 
▼プレスリリースはこちら。
Guidance on promoting British values in schools published – Press releases – GOV.UK
 
これまでも、英国的価値観を「尊重する」ことは求められていましたが、「積極的に促進する」ことを学校に義務付けた今回の通達について、教育省政務官のLord Nash氏は、「過激主義からの防御を強化するため」と述べています。つまり、近年高まっているテロリズムの脅威、特にイスラム過激派による影響を意識した教育方針の一つということです。
 
※なお、促進の目的として「若者が現代の英国社会に参加する備えができるように」ということも掲げられており、これはすでに中等教育で必須教科になっているシティズンシップ(市民教育)の目的と重なります。しかし、「シティズンシップという教科があるのにも関わらず、そのことについて教育省の通達が一切触れていないのは奇妙だ」シティズンシップ財団は指摘しています
 
具体的に、生徒が学ぶべき「英国的価値観」として挙げられていること:
 

・民主主義的なプロセスを通じて、市民がいかに意思決定に影響を与えることができるか、という理解
・異なる宗教・信条を持つ自由は法により保護されている、という理解
・異なる宗教・信条を持つ(もしくは何も持たない)ことが受け入れられ(accepted)、許容される(tolerated)こと、そしてそれが偏見や差別的な行動の要因になるべきではない、ということへの受容
・自己認識すること(identify)と差別と闘うことの重要性に対する理解

 
こうした「価値観」について英国政府から通達が出されるのは今回が初めてではなく、これまでも世界情勢を受けて何度か戦略が立てられてきました。
 
☆2001年:Community Cohesion(コミュニティの団結)
・2001年のアメリカ9.11テロ、また同年にイギリスのブラッドフォードなどで相次いだ暴動を受けて出されたコンセプト。複数の文化が共存する社会の中で、分断されてしまっているコミュニティの団結の重要性が強調されました。
(参考:英国内務省による報告書 The Cantle Report – Community Cohesion: a report of the Independent Review Team
 
☆2011年:Prevent Strategy(予防戦略)
・テロリズムの思想的課題、そしてそれを促進する人々による脅威へ対応すること;テロリズムに人々が引き込まれることを予防し、適切なアドバイスと支援が得られるようにすること;そして急進化のリスクがあるセクターや組織と協働すること、という三本柱を持った戦略が改めて発表されました。
(参考:英国内務省による政策書 Prevent strategy 2011 – Publications – GOV.UK
 
☆2014年:Promoting British values(ブリティッシュ・バリューズの促進)
・そして昨年出された新方針。「学校において、根本的なブリティッシュ・バリューズ(英国的価値観)に反する意見や行動に対して挑戦する(challenge)」という強い表現が使われています。ここで無視できないのは、

「生徒は、何が’正しい’か’間違っている’かということについて、人々が異なる価値観を持つかもしれない、ということを理解する一方で、イギリスに住む全ての人々はその法律に従う、ということも理解するべきである。(中略)生徒は、国の法律と宗教法の違いについて自覚しなければならない」

という内容です。「宗教法」と書かれているのは、イスラム教のシャリーアを念頭に置かれてのこと。言い換えると、「異なる宗教・信条に対する寛容さ」をイギリス人の価値観として学ぶべきとする一方で、「イギリスに住んでいる以上は、いかなる宗教・信条の規律よりもイギリス国家の法律に従うべき」ということも学校で教えるよう、政府方針として述べられている、ということです。
 
さて、この政府方針を受けて、学校現場ではどのような教育アプローチを取るべきか?
これが、今回の教師向けワークショップのテーマです。
背景の説明だけで長くなってしまったので、具体的な内容については後編の記事に続きます。
 
■後編の記事で取り上げるテーマ
 
◎そもそも、「価値観」とは何か?なぜそれが重要なのか?
◎「イギリス人らしさ」、「英国的価値観」とは一体何なのか?
◎多文化社会において「国民としての価値観」をどう教えるべきか?
 
これらの問いは、日本の道徳教育を考えるうえでもヒントになるのでは、と思います。
(「日本人らしさ」「日本人の価値観」はどう学校で扱われるべきでしょうか?)
後編の記事はこちらからどうぞ→「英国的価値観」を学校でどう教えるか?【後編】