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「英国的価値観」を学校でどう教えるか?【後編】

 
先日参加した、“Exploring British Values(英国的価値観の探究)”というテーマの教師向けワークショップレポートの続きです。前編はこちらから⇒「英国的価値観」を学校でどう教えるか?【前編】
 
英国政府が全ての学校に義務づけている「英国的価値観」の推進。そもそも「価値観」とは何なのか?それを学校でどのように教えればいいのか?ということを考えるレクチャー、グループワークをいくつか受けたので、その内容をご紹介します。
 
 
(1)「価値観」の定義とは?
 
・行動するうえでの主義、基準:人生において重要だと判断するもの
 
・価値がある、もしくは望ましいと考えられる主義、基準、もしくは質
 
・組織の倫理的な理想、そして個人が重要だとみなす理想
 
★「自分が生きるうえで大切にしているものは何か?」を考える。
★価値観は、わたしたちの姿勢、行動すべてに影響する、ということを認識する。
 
 
(2)価値観のランキング
 
各グループに配られた封筒の中には、12枚のカードが入っています。それをダイアモンド・ランキング(下図を参照)の形に並べるワーク。グループで話し合い、重要だと思う順に上から並べます。つまり、用意されたカードのうち、3枚はランキングに入りません。なお、白紙のカードも入っているので、新しく言葉を追加してもOK。
 
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入っていたカード:大志、清潔、有用性、お年寄りを敬うこと、平和、人生を楽しむこと、美しさ、平等、友情、愛、自然との調和、富
(リソース:
http://www.time2think.org.uk/Resources/T2T%20What%20Are%20My%20Values.pdf
 
★グループメンバーの中で、意見が一致する部分、一致しない部分がある。
★グループによって、「最も重要」「ランキング外」とするものが異なる。
★「お年寄り」に限定せず、「他人に敬意を払う」ことを上位に持ってきたグループも。
★「家族」「安全」などの言葉を追加したグループが複数。
★価値観とは、各人のニーズ、目的を反映することがわかる。
 
 
(3)価値観はどこから来るの?
 
模造紙に何重か円を描き、中心に自分がいると仮定して、価値観に与えていると思うことを書く。影響が大きいものほど、中心に近い円の中に書きこむ。
 
★人:家族、友人、同僚など/場所:教会、学校、職場、地域サークルなど/その他:メディアなど
★その他:過去の経験、年齢、文化背景、収入、政府、社会的ムーブメントなども影響する。
(その時の状況によって、価値観は変わりうる)
 
values_influence
(リソース:The Common Cause Handbook p.30)
 
 
(4)価値観に関する国際調査(World Value Survey)
 
Inglehart–Welzel Cultural Map:各国の価値観を、①「伝統的価値観 VS 非宗教・合理的価値観」、②「生存重視の価値観 VS 自己表現重視の価値観」という2つの軸でマッピングしたもの。
 
伝統的価値観(Traditional values):宗教の重要性、親子の紐帯、権威への忠誠、伝統的な家族の価値観を重視。
非宗教・合理的価値観(Secular-rational values):伝統的価値観の対極。離婚、堕胎、安楽死、自殺などが比較的受け入れられている(ただし自殺については一般的とは限らない)。
生存重視の価値観(Survival values):経済的・物理的安全が重視される。民族としての展望、貧困、信用や寛容さの低さなどが影響している。
自己表現重視の価値観:環境保護、外国人に対する寛容さ、ゲイ、レズビアン、ジェンダー平等、経済的・政治的な意思決定への参加に対する需要向上などに高い優先順位をつける。
 
たとえば・・・
イギリス:①伝統的・非宗教的の中間、②生存重視<自己表現重視
日本・・・①非宗教的な傾向が強い、②自己表現重視<生存重視
というように位置付けられている。
 
Inglehart_Values_Map2_svg
(リソース:WVS Database
※元の画像が小さくて見にくいのですが・・・!
 
★このマップを見て、感じたことをグループで話し合う(「本当に日本はこの位置だと思うか?」など聞かれました)。
★イギリスの多文化的な状況を考えると、果たしてこの価値観は当てはまるのか話し合う。
★イギリスという一つの国に、多種多様な民族的・文化的背景を持つ人々が暮らしている中で、「共通の価値観」というものは決めることはできるか?
★また、世代によって大きな差があるのではないか?
 
 
(5)文化の氷山モデル(The Cultural Iceberg)
 
これは有名なので、見たことがある人も多いかもしれません。「文化」を氷山にたとえたモデルです。
 
Schein Iceberg
(リソース:Organisational Culture – OC Models and Concepts
 
★文化とは、明らかに見える部分(明文化されたルールや戦略など)と、目に見えない部分(価値観や信条、無意識のうちに当然とされているもの)で構成されているため、外からでは完全に理解することが難しい、ということを認識しておく必要がある。
では、「英国的価値観」をどう解釈すれば良いか?(ここからが本題!)
 
 
(6)「英国らしさ(Britishness)」とは?
 
いくつか用意されたイラストの中から、「典型的な英国らしさ」だと思うものを3つ選ぶ。
(紅茶、フィッシュ・アンド・チップス、レインブーツ、ラッパスイセン、パブ、ロイヤル・ファミリー、シェイクスピアなど)
 
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(リソース:Word cloud tool comparison | Digital undervisning ※参考イメージ)
 
★各グループが選んだものはほぼ共通(全グループが紅茶を選んでいました)。
★ただし、性別(今回のワークショップに参加していた先生たちは全員女性)やライフスタイルにもよる。
★「クリケットはBritish(英国全体)というよりもEnglish(イングランド)では?」という意見も。
「~らしさ」には、外から作られたイメージや、偏見も含まれるかもしれない。
 
 
(7)「英国的価値観」を学校で教えるには?
 
前編の記事にも書いたとおり、英国政府は昨年、「全ての学校でBritish Values(ブリティッシュ・バリューズ=英国的価値観)が促進され、生徒のSMSC(spiritual, moral, social and cultural development:精神的、道徳的、社会的、文化的発達)が改善されなければならない」という通達を出しました。
 
その中で、「学校において、根本的なブリティッシュ・バリューズ(英国的価値観)に反する意見や行動に対して挑戦する(challenge)」ということも書かれています。
 
しかし、今回のワークショップで見てきたとおり、価値観というものは社会状況や個人の経験など様々な影響を受けて形成されたり変化するものであるため、また同じ国に住んでいても「共通の価値観」を見出すことは簡単ではありません。特に、グローバリゼーションの影響で人の移動が頻繁になり、多文化社会が進展していくと、より一層、異なる価値観を持つ人々が共存する方法を考える必要があります。
 
「英国的価値観」を共有する、ということは、「英国の市民性(Citizenship)」を持つ(狭義には、「英国のパスポート」を持つ)、ということと深い関連があります。そのため、スコットランド(Scottish)やウェールズ(Welsh)の価値観や、移民など「もともとは他の国からきたけれど、今はイギリスに住んでいる人たち」の存在も考慮する必要があります。
 
そのため、「異なる宗教・信条に対する寛容さ」を英国的価値観として学ぶべきとする一方で、「イギリスに住んでいる以上は、いかなる宗教・信条の規律よりもイギリス国家の法律に従うべき」という政府方針は、学校現場でもジレンマを生んでいます。

 
ファシリテーターのロジーナは、今回のワークショップの最後に「価値観には、一つの正解があるわけではない。学校教育に求められるのは、今日実際にやってきたように、ディスカッションを通じてそれぞれが異なる価値観を持っていることを学び、お互いに敬意を払いつつ、どう折り合いをつけていくか、という考える機会を提示すること。」と話しました。
 
また、「これまでもPSHE(Personal, Social and Health Education:人格的、社会的、健康的教育)などの授業でも部分的には教えてきたこと。新しいことを授業でやらなくては、と負担に思わなくていいですよ!」と強調していました。
 
 
(8)日本の道徳教育に共通する課題
 
「価値観」に関する教育というのは、一方通行の授業だと「刷り込み」「押しつけ」になってしまいかねませんが、今回わたしが参加したワークショップのように、自由に意見を交換し合うプロセスを通じて、自分自身の価値観が「絶対」ではないということや、ボーダーラインを引くことの難しさや、折り合いの付け方を考える機会を作ることが重要だと感じました。
 
日本の学校における「道徳の時間」も、早ければ平成30年度(2018年)から教科化される可能性がありますが、こちらの記事でも書いたとおり、単に「人に優しくしましょう」「みんなで仲良くしましょう」と教えるのではなく、「異なる価値観を持つ人たちが一緒に暮らすためには、どんなことを大切にするべきか?」という正解が一つではない問題に対して話し合う機会にするべきだとわたしは思います。そのためには、学校の教師にもファシリテーターとしての役割が求められるため、実践的な研修も必要でしょう。
 
わたしは現在、「多文化社会におけるシティズンシップ教育(市民教育)」をテーマにヨークで研究をしていますが、価値観教育にしても市民教育にしても、賛否両論を呼び起こす題材(Controversial issues)を避けて通ることはできません。学校現場においてそれをどう教えるか?というのは永遠の課題だと思います。今回のワークショップは、その一つの方法を学べたという意味でとても勉強になりました。
 
「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ)という言葉は素敵だと思う一方で、一つの国として連帯感を保つこともある程度必要なのか・・・このバランスは、とても難しい。あなたなら、「日本(人)らしさ」「日本的価値観」について、どう考えますか?
 
【参考になりそうな資料(英語)】
CITIZENSHIP AND BELONGING: WHAT IS BRITISHNESS?(Commission for Racial Equality)
 
Leading through Values-Pilot Report May 2013(Lifeworlds Learning)
 
Schools of Sanctuary(City of Sanctuary)
 
Positive Images(British Red Cross)