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母校のライフガイダンス冊子「La vie heureuse」に寄稿しました

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わたしの母校(中高一貫)が創立50周年を迎え、「ライフガイダンス企画室」というものが新設されました。
そこで、在学生向けの冊子を刊行することになり、わたしも卒業生の一人として寄稿させていただきました!
 
学生時代のこと、仕事のこと、そして将来のこと・・・
自分の中で整理する良い機会になりました。
 
わたし以外にも、医師や新聞記者、フリーアナウンサーや研究者など、
さまざまな職業についている卒業生の先輩方の記事が載っていて、興味深いです!
 
今回、寄稿を依頼してくださった先生は、次のようにおっしゃっていました。
 
「天職(召命)は、15歳の文理選択で決まるものではなく、
様々な出会いを繰り返しながら、気付きを得て、
より自分を高めていきながら見つかるもの。
だからこそ、生徒たちには就職に有利不利という視点を超えて進路選択をしてほしい」
 
この冊子を読んだ在学生の子たちが、少しでも「オトナになるのって、楽しそう」
と思ってもらえたらうれしいです。
 
以下、わたしが寄せた文章です。
 
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【“自分のモノサシ”と志を持って生きる】
 
中学受験をして入学した晃華学園。私にとって6年間の学園生活は“世界のすべて”だったのに、大学で個性的な友人たちと出会い、「“私立中高一貫のカトリック女子校”という自分のいた世界は、何て狭かったのだろう…」とカルチャーショックを受けた、18歳の春。
 
しかし、26歳の今だから分かります。先生方や友人たちの優しさに包まれて穏やかに過ごせた学園生活は、何にも代えがたい財産だったということ。
「ありのままの自分と向き合い、人の尊厳と命を慈しみ、愛すること」。晃華で学んだこのシンプルなことを教えてくれる人や場所は意外に少ないのだと、大人になってから実感したのです。
 
私はクリスチャンではありませんし、在学中は意識していませんでしたが、カトリックの価値観に基づいた晃華の教育、中でも“ノーブレス・オブリージュ”の精神(もしくは「多く与えられた者は、多く求められる」-ルカ福音書 12章48節-)は私の原点であり、「人の役に立つ仕事がしたい」という想いに繋がっていきました。
 
首都大学東京に入学後、社会学を専攻し、結婚や離婚など家族を取り巻く社会問題を中心に勉強しました。
学業以外にはファッションショーの運営に携わったほか、晃華在学中から途上国の問題に関心があったため、セルビアの難民キャンプでボランティアも経験しました。
 
最後の夏休みには、憧れだった世界一周旅行へ。とにかく興味のおもむくまま動き続けた4年間でした。
卒業後は、「自分が恵まれた環境で育ったのは“偶然”。だからこそ、“たまたま”苦しい境遇の中で生きざるを得ない人のために働きたい」と考え、人道支援を行う赤十字職員として働く道を選びました。
 
日本赤十字社に入社し、最初の2年間はボランティア研修や高校生の国際交流事業を担当し、「人」と向き合い続けました。
2011年3月に起こった東日本大震災では、寝る間も惜しんで被災者支援業務に取り組むことに。東北の被災地に派遣され、ボランティアの調整業務等を担当したほか、そこで得た成果と課題を世界会議の場で発表するという経験もしました。
 
その後は、「お金」と向き合う2年間。寄付金の集計や予算管理のため、電卓をたたき続ける毎日でした。事業部門にいた頃に比べると地味に見えますが、「世界中の苦しんでいる人を救う」ためには様々なポジションで働く人たちの力が必要なのです。
 
 晃華で過ごした6年間を基礎に、自分の可能性を広げた大学の4年間、そして社会人としての4年間を通じて私が学んだのは、「想いだけでは何も変わらないけれど、行動し続ければ夢に近付ける」ということ。26歳になり、「グローバルな視野を持った若年層のキャリア支援がしたい」という新たな目標が生まれ、イギリスへの大学院留学を決意して今に至ります。
 
中学・高校時代というのは、人間性の基礎を作り、キャリアを考える上での原点となり、大人になってからも自分の心の支えとなる大切な期間です。しかし、定期試験の結果や文理選択、もっと言えば大学受験ですら、その先の人生をすべて決定付けるわけではありません。すぐに芽が出なくても、志を持ち続けていればいつかきっと道は拓けます。
 
だから後輩の皆さんにも、「親に期待されているから」とか「将来、社会的に評価されそうだから」といった“他人のモノサシ”ではなく、「自分が叶えたい夢は何だろう?」「大切にしたいことって何だろう?」という“自分のモノサシ”を常に持って、毎日を過ごしてほしいと思います。
 
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