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【DEAR連載④】シティズンシップ教育が抱える課題とは?(2015年4月号)

 
DEAR(開発教育協会)の会報誌「DEARニュース」で、隔月の連載記事を持たせていただいています。
タイトルは、【ヨーク大学院留学記〜イギリスに学ぶ地球市民教育〜】。
本来、DEAR会員限定の出版物なのですが、発行後に許可を得たうえでこのブログでも寄稿記事をご紹介します。
 
☆これまでの連載記事は、「DEAR連載」のタグからまとめて読めます。
 
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■第4回 シティズンシップ教育が抱える課題とは?
 
市民(シティズンシップ)教育とは、一言で言うと「積極的に社会参加するための理解とスキルを身に付ける」ための教育です。イングランドでは2002年から「シティズンシップ」がYear9~10(13~15歳)の必修科目として導入されるなど、市民教育に力を入れている国と言えますが、ここではあえて、内容面での課題を二点挙げます。
 
まず、社会における少数派(マイノリティ)を排除しかねない性格を持つという点。これはイングランドに限らず他のヨーロッパ諸国にも言えることですが、移民や難民、亡命者など国境を越えた人の移動が加速する中で、「誰にどこまで市民権を認めるのか」、「(特に民族的)マイノリティをどう社会に包摂していくのか」という問いに市民教育は応えきれていません。近年ではテロリズムなどの緊張が増していることもあり、「多様性(Diversity)の尊重」と「社会的対立(Social conflict)」のバランスをどう取っていくのか、教育現場では模索が続いています。
 
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[写真]イングランドの公立小学校で行った、多様性理解ワークショップの様子
 
次に、市民が果たすべき責任と比べて、政府の責任を市民が要求する権利が強調されていない点が挙げられます。市民教育が掲げる「民主主義的な社会参加」には、政府や国際社会への批判的な姿勢も求められます。しかし、政府主導のナショナル・カリキュラムに従う以上、学校で教師が伝えられる内容に限界があるのも事実です。そのため、市民教育が愛国主義的な内容になりがちであると批判する研究者もいます。これは、日本の道徳教育・公民教育にも共通する部分があるかも知れません。
 
このように、経済や政治システムがグローバル化する中で、もともと国家の枠組みの中で発展してきた「市民(権)」の概念が揺らぎ、市民教育の課題も出てきています。最近では、世界の中の一市民としての責任を果たす「グローバル市民(地球市民)」という言葉も聞かれるようになりましたが、排他的な性格を持つ「市民(権)」という概念を、グローバルな文脈で論じる際に生じる矛盾についても慎重な議論が必要だと私は考えています。
 
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