├シティズンシップ教育

【DEAR連載④】シティズンシップ教育が抱える課題とは?(2015年4月号)

 
DEAR(開発教育協会)の会報誌「DEARニュース」で、隔月の連載記事を持たせていただいています。
タイトルは、【ヨーク大学院留学記〜イギリスに学ぶ地球市民教育〜】。
本来、DEAR会員限定の出版物なのですが、発行後に許可を得たうえでこのブログでも寄稿記事をご紹介します。
 
☆これまでの連載記事は、「DEAR連載」のタグからまとめて読めます。
 
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■第4回 シティズンシップ教育が抱える課題とは?
 
市民(シティズンシップ)教育とは、一言で言うと「積極的に社会参加するための理解とスキルを身に付ける」ための教育です。イングランドでは2002年から「シティズンシップ」がYear9~10(13~15歳)の必修科目として導入されるなど、市民教育に力を入れている国と言えますが、ここではあえて、内容面での課題を二点挙げます。
 
まず、社会における少数派(マイノリティ)を排除しかねない性格を持つという点。これはイングランドに限らず他のヨーロッパ諸国にも言えることですが、移民や難民、亡命者など国境を越えた人の移動が加速する中で、「誰にどこまで市民権を認めるのか」、「(特に民族的)マイノリティをどう社会に包摂していくのか」という問いに市民教育は応えきれていません。近年ではテロリズムなどの緊張が増していることもあり、「多様性(Diversity)の尊重」と「社会的対立(Social conflict)」のバランスをどう取っていくのか、教育現場では模索が続いています。
 
diversity_workshop
[写真]イングランドの公立小学校で行った、多様性理解ワークショップの様子
 
次に、市民が果たすべき責任と比べて、政府の責任を市民が要求する権利が強調されていない点が挙げられます。市民教育が掲げる「民主主義的な社会参加」には、政府や国際社会への批判的な姿勢も求められます。しかし、政府主導のナショナル・カリキュラムに従う以上、学校で教師が伝えられる内容に限界があるのも事実です。そのため、市民教育が愛国主義的な内容になりがちであると批判する研究者もいます。これは、日本の道徳教育・公民教育にも共通する部分があるかも知れません。
 
このように、経済や政治システムがグローバル化する中で、もともと国家の枠組みの中で発展してきた「市民(権)」の概念が揺らぎ、市民教育の課題も出てきています。最近では、世界の中の一市民としての責任を果たす「グローバル市民(地球市民)」という言葉も聞かれるようになりましたが、排他的な性格を持つ「市民(権)」という概念を、グローバルな文脈で論じる際に生じる矛盾についても慎重な議論が必要だと私は考えています。
 
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「英国的価値観」を学校でどう教えるか?【後編】

 
先日参加した、“Exploring British Values(英国的価値観の探究)”というテーマの教師向けワークショップレポートの続きです。前編はこちらから⇒「英国的価値観」を学校でどう教えるか?【前編】
 
英国政府が全ての学校に義務づけている「英国的価値観」の推進。そもそも「価値観」とは何なのか?それを学校でどのように教えればいいのか?ということを考えるレクチャー、グループワークをいくつか受けたので、その内容をご紹介します。
 
 
(1)「価値観」の定義とは?
 
・行動するうえでの主義、基準:人生において重要だと判断するもの
 
・価値がある、もしくは望ましいと考えられる主義、基準、もしくは質
 
・組織の倫理的な理想、そして個人が重要だとみなす理想
 
★「自分が生きるうえで大切にしているものは何か?」を考える。
★価値観は、わたしたちの姿勢、行動すべてに影響する、ということを認識する。
 
 
(2)価値観のランキング
 
各グループに配られた封筒の中には、12枚のカードが入っています。それをダイアモンド・ランキング(下図を参照)の形に並べるワーク。グループで話し合い、重要だと思う順に上から並べます。つまり、用意されたカードのうち、3枚はランキングに入りません。なお、白紙のカードも入っているので、新しく言葉を追加してもOK。
 
  ×
 × ×
× × ×
 × ×
  ×
 
入っていたカード:大志、清潔、有用性、お年寄りを敬うこと、平和、人生を楽しむこと、美しさ、平等、友情、愛、自然との調和、富
(リソース:
http://www.time2think.org.uk/Resources/T2T%20What%20Are%20My%20Values.pdf
 
★グループメンバーの中で、意見が一致する部分、一致しない部分がある。
★グループによって、「最も重要」「ランキング外」とするものが異なる。
★「お年寄り」に限定せず、「他人に敬意を払う」ことを上位に持ってきたグループも。
★「家族」「安全」などの言葉を追加したグループが複数。
★価値観とは、各人のニーズ、目的を反映することがわかる。
 
 
(3)価値観はどこから来るの?
 
模造紙に何重か円を描き、中心に自分がいると仮定して、価値観に与えていると思うことを書く。影響が大きいものほど、中心に近い円の中に書きこむ。
 
★人:家族、友人、同僚など/場所:教会、学校、職場、地域サークルなど/その他:メディアなど
★その他:過去の経験、年齢、文化背景、収入、政府、社会的ムーブメントなども影響する。
(その時の状況によって、価値観は変わりうる)
 
values_influence
(リソース:The Common Cause Handbook p.30)
 
 
(4)価値観に関する国際調査(World Value Survey)
 
Inglehart–Welzel Cultural Map:各国の価値観を、①「伝統的価値観 VS 非宗教・合理的価値観」、②「生存重視の価値観 VS 自己表現重視の価値観」という2つの軸でマッピングしたもの。
 
伝統的価値観(Traditional values):宗教の重要性、親子の紐帯、権威への忠誠、伝統的な家族の価値観を重視。
非宗教・合理的価値観(Secular-rational values):伝統的価値観の対極。離婚、堕胎、安楽死、自殺などが比較的受け入れられている(ただし自殺については一般的とは限らない)。
生存重視の価値観(Survival values):経済的・物理的安全が重視される。民族としての展望、貧困、信用や寛容さの低さなどが影響している。
自己表現重視の価値観:環境保護、外国人に対する寛容さ、ゲイ、レズビアン、ジェンダー平等、経済的・政治的な意思決定への参加に対する需要向上などに高い優先順位をつける。
 
たとえば・・・
イギリス:①伝統的・非宗教的の中間、②生存重視<自己表現重視
日本・・・①非宗教的な傾向が強い、②自己表現重視<生存重視
というように位置付けられている。
 
Inglehart_Values_Map2_svg
(リソース:WVS Database
※元の画像が小さくて見にくいのですが・・・!
 
★このマップを見て、感じたことをグループで話し合う(「本当に日本はこの位置だと思うか?」など聞かれました)。
★イギリスの多文化的な状況を考えると、果たしてこの価値観は当てはまるのか話し合う。
★イギリスという一つの国に、多種多様な民族的・文化的背景を持つ人々が暮らしている中で、「共通の価値観」というものは決めることはできるか?
★また、世代によって大きな差があるのではないか?
 
 
(5)文化の氷山モデル(The Cultural Iceberg)
 
これは有名なので、見たことがある人も多いかもしれません。「文化」を氷山にたとえたモデルです。
 
Schein Iceberg
(リソース:Organisational Culture – OC Models and Concepts
 
★文化とは、明らかに見える部分(明文化されたルールや戦略など)と、目に見えない部分(価値観や信条、無意識のうちに当然とされているもの)で構成されているため、外からでは完全に理解することが難しい、ということを認識しておく必要がある。
では、「英国的価値観」をどう解釈すれば良いか?(ここからが本題!)
 
 
(6)「英国らしさ(Britishness)」とは?
 
いくつか用意されたイラストの中から、「典型的な英国らしさ」だと思うものを3つ選ぶ。
(紅茶、フィッシュ・アンド・チップス、レインブーツ、ラッパスイセン、パブ、ロイヤル・ファミリー、シェイクスピアなど)
 
typically-british-wordle-wordcloud
(リソース:Word cloud tool comparison | Digital undervisning ※参考イメージ)
 
★各グループが選んだものはほぼ共通(全グループが紅茶を選んでいました)。
★ただし、性別(今回のワークショップに参加していた先生たちは全員女性)やライフスタイルにもよる。
★「クリケットはBritish(英国全体)というよりもEnglish(イングランド)では?」という意見も。
「~らしさ」には、外から作られたイメージや、偏見も含まれるかもしれない。
 
 
(7)「英国的価値観」を学校で教えるには?
 
前編の記事にも書いたとおり、英国政府は昨年、「全ての学校でBritish Values(ブリティッシュ・バリューズ=英国的価値観)が促進され、生徒のSMSC(spiritual, moral, social and cultural development:精神的、道徳的、社会的、文化的発達)が改善されなければならない」という通達を出しました。
 
その中で、「学校において、根本的なブリティッシュ・バリューズ(英国的価値観)に反する意見や行動に対して挑戦する(challenge)」ということも書かれています。
 
しかし、今回のワークショップで見てきたとおり、価値観というものは社会状況や個人の経験など様々な影響を受けて形成されたり変化するものであるため、また同じ国に住んでいても「共通の価値観」を見出すことは簡単ではありません。特に、グローバリゼーションの影響で人の移動が頻繁になり、多文化社会が進展していくと、より一層、異なる価値観を持つ人々が共存する方法を考える必要があります。
 
「英国的価値観」を共有する、ということは、「英国の市民性(Citizenship)」を持つ(狭義には、「英国のパスポート」を持つ)、ということと深い関連があります。そのため、スコットランド(Scottish)やウェールズ(Welsh)の価値観や、移民など「もともとは他の国からきたけれど、今はイギリスに住んでいる人たち」の存在も考慮する必要があります。
 
そのため、「異なる宗教・信条に対する寛容さ」を英国的価値観として学ぶべきとする一方で、「イギリスに住んでいる以上は、いかなる宗教・信条の規律よりもイギリス国家の法律に従うべき」という政府方針は、学校現場でもジレンマを生んでいます。

 
ファシリテーターのロジーナは、今回のワークショップの最後に「価値観には、一つの正解があるわけではない。学校教育に求められるのは、今日実際にやってきたように、ディスカッションを通じてそれぞれが異なる価値観を持っていることを学び、お互いに敬意を払いつつ、どう折り合いをつけていくか、という考える機会を提示すること。」と話しました。
 
また、「これまでもPSHE(Personal, Social and Health Education:人格的、社会的、健康的教育)などの授業でも部分的には教えてきたこと。新しいことを授業でやらなくては、と負担に思わなくていいですよ!」と強調していました。
 
 
(8)日本の道徳教育に共通する課題
 
「価値観」に関する教育というのは、一方通行の授業だと「刷り込み」「押しつけ」になってしまいかねませんが、今回わたしが参加したワークショップのように、自由に意見を交換し合うプロセスを通じて、自分自身の価値観が「絶対」ではないということや、ボーダーラインを引くことの難しさや、折り合いの付け方を考える機会を作ることが重要だと感じました。
 
日本の学校における「道徳の時間」も、早ければ平成30年度(2018年)から教科化される可能性がありますが、こちらの記事でも書いたとおり、単に「人に優しくしましょう」「みんなで仲良くしましょう」と教えるのではなく、「異なる価値観を持つ人たちが一緒に暮らすためには、どんなことを大切にするべきか?」という正解が一つではない問題に対して話し合う機会にするべきだとわたしは思います。そのためには、学校の教師にもファシリテーターとしての役割が求められるため、実践的な研修も必要でしょう。
 
わたしは現在、「多文化社会におけるシティズンシップ教育(市民教育)」をテーマにヨークで研究をしていますが、価値観教育にしても市民教育にしても、賛否両論を呼び起こす題材(Controversial issues)を避けて通ることはできません。学校現場においてそれをどう教えるか?というのは永遠の課題だと思います。今回のワークショップは、その一つの方法を学べたという意味でとても勉強になりました。
 
「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ)という言葉は素敵だと思う一方で、一つの国として連帯感を保つこともある程度必要なのか・・・このバランスは、とても難しい。あなたなら、「日本(人)らしさ」「日本的価値観」について、どう考えますか?
 
【参考になりそうな資料(英語)】
CITIZENSHIP AND BELONGING: WHAT IS BRITISHNESS?(Commission for Racial Equality)
 
Leading through Values-Pilot Report May 2013(Lifeworlds Learning)
 
Schools of Sanctuary(City of Sanctuary)
 
Positive Images(British Red Cross)
 

「英国的価値観」を学校でどう教えるか?【前編】

 
先日、わたしがインターンをしているNGO、グローバル教育センターが主催する教師向けワークショップに参加してきました。
テーマは、“Exploring British Values(英国的価値観の探究)”。この機会に学んだこと、考えたことを前編・後編に分けてレポートします!
 
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[Image: The KEEP KALM-O-MATIC]  
 
■「英国的価値観」とは?
 
昨年(2014年)11月27日付けで、イギリスの教育省(DfE)により、全ての学校でBritish Values(ブリティッシュ・バリューズ=英国的価値観)が促進され、生徒のSMSC(spiritual, moral, social and cultural development:精神的、道徳的、社会的、文化的発達)が改善されなければならない、という通達が出されました。どの程度各学校できちんと教えられているか、がOfsted(Office for Standards in Education:教育水準監査院)による学校監査の評価対象にもなります。
 
▼プレスリリースはこちら。
Guidance on promoting British values in schools published – Press releases – GOV.UK
 
これまでも、英国的価値観を「尊重する」ことは求められていましたが、「積極的に促進する」ことを学校に義務付けた今回の通達について、教育省政務官のLord Nash氏は、「過激主義からの防御を強化するため」と述べています。つまり、近年高まっているテロリズムの脅威、特にイスラム過激派による影響を意識した教育方針の一つということです。
 
※なお、促進の目的として「若者が現代の英国社会に参加する備えができるように」ということも掲げられており、これはすでに中等教育で必須教科になっているシティズンシップ(市民教育)の目的と重なります。しかし、「シティズンシップという教科があるのにも関わらず、そのことについて教育省の通達が一切触れていないのは奇妙だ」シティズンシップ財団は指摘しています
 
具体的に、生徒が学ぶべき「英国的価値観」として挙げられていること:
 

・民主主義的なプロセスを通じて、市民がいかに意思決定に影響を与えることができるか、という理解
・異なる宗教・信条を持つ自由は法により保護されている、という理解
・異なる宗教・信条を持つ(もしくは何も持たない)ことが受け入れられ(accepted)、許容される(tolerated)こと、そしてそれが偏見や差別的な行動の要因になるべきではない、ということへの受容
・自己認識すること(identify)と差別と闘うことの重要性に対する理解

 
こうした「価値観」について英国政府から通達が出されるのは今回が初めてではなく、これまでも世界情勢を受けて何度か戦略が立てられてきました。
 
☆2001年:Community Cohesion(コミュニティの団結)
・2001年のアメリカ9.11テロ、また同年にイギリスのブラッドフォードなどで相次いだ暴動を受けて出されたコンセプト。複数の文化が共存する社会の中で、分断されてしまっているコミュニティの団結の重要性が強調されました。
(参考:英国内務省による報告書 The Cantle Report – Community Cohesion: a report of the Independent Review Team
 
☆2011年:Prevent Strategy(予防戦略)
・テロリズムの思想的課題、そしてそれを促進する人々による脅威へ対応すること;テロリズムに人々が引き込まれることを予防し、適切なアドバイスと支援が得られるようにすること;そして急進化のリスクがあるセクターや組織と協働すること、という三本柱を持った戦略が改めて発表されました。
(参考:英国内務省による政策書 Prevent strategy 2011 – Publications – GOV.UK
 
☆2014年:Promoting British values(ブリティッシュ・バリューズの促進)
・そして昨年出された新方針。「学校において、根本的なブリティッシュ・バリューズ(英国的価値観)に反する意見や行動に対して挑戦する(challenge)」という強い表現が使われています。ここで無視できないのは、

「生徒は、何が’正しい’か’間違っている’かということについて、人々が異なる価値観を持つかもしれない、ということを理解する一方で、イギリスに住む全ての人々はその法律に従う、ということも理解するべきである。(中略)生徒は、国の法律と宗教法の違いについて自覚しなければならない」

という内容です。「宗教法」と書かれているのは、イスラム教のシャリーアを念頭に置かれてのこと。言い換えると、「異なる宗教・信条に対する寛容さ」をイギリス人の価値観として学ぶべきとする一方で、「イギリスに住んでいる以上は、いかなる宗教・信条の規律よりもイギリス国家の法律に従うべき」ということも学校で教えるよう、政府方針として述べられている、ということです。
 
さて、この政府方針を受けて、学校現場ではどのような教育アプローチを取るべきか?
これが、今回の教師向けワークショップのテーマです。
背景の説明だけで長くなってしまったので、具体的な内容については後編の記事に続きます。
 
■後編の記事で取り上げるテーマ
 
◎そもそも、「価値観」とは何か?なぜそれが重要なのか?
◎「イギリス人らしさ」、「英国的価値観」とは一体何なのか?
◎多文化社会において「国民としての価値観」をどう教えるべきか?
 
これらの問いは、日本の道徳教育を考えるうえでもヒントになるのでは、と思います。
(「日本人らしさ」「日本人の価値観」はどう学校で扱われるべきでしょうか?)
後編の記事はこちらからどうぞ→「英国的価値観」を学校でどう教えるか?【後編】
 

【DEAR連載③】演劇を通じて学ぶシティズンシップの可能性(2015年2月号)

 
DEAR(開発教育協会)の会報誌「DEARニュース」で、隔月の連載記事を持たせていただいています。
タイトルは、【ヨーク大学院留学記〜イギリスに学ぶ地球市民教育〜】。
本来、DEAR会員限定の出版物なのですが、発行後に許可を得たうえでこのブログでも寄稿記事をご紹介します。
 
☆これまでの連載記事は、「DEAR連載」のタグからまとめて読めます。
 
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■第3回 演劇を通じて学ぶシティズンシップの可能性
 
昨年末、The Joseph Rowntree Schoolというコンプリヘンシブスクール(公立の総合制中等学校)を訪問し、Year13(18歳)の演劇(Drama)の授業を見学させていただきました。その内容をレポートする前にイングランドの教育制度について少し触れておきます。
 
まず、私がヨーク大学で研究している「シティズンシップ(Citizenship)」は、2002年以降ナショナルカリキュラムの中でYear9~10(13~15歳)の必修教科に位置づけられており、簡単に言うと「積極的な市民として社会に参加するための理解とスキルを身に付ける」ことが目的です。日本にはない教科ですが、公民や政治・経済、道徳の時間と重なる部分があるかもしれません。
 
今回お邪魔したのは中等教育の最終学年の授業で、生徒たちは大学進学に必要な「GCE Advanced Level(通称: A Level)」という試験教科(通常3~4科目)の一つとして演劇を選択しています。自分たちでテーマや筋書きを決め、3月の最終発表会に向けて練習中とのことでした。
 
さて、今回の訪問の目的は、演劇の授業とシティズンシップの関連性を探ることです。あるグループが選んだテーマは「吃音」。うまく言葉を発することができない主人公の内面の葛藤や公共の場における人々の反応などを、身体の動きとモノローグで表現する予定です。
 
drama_josephrowntree
「これは演劇での授業だけど、シティズンシップと関係があると思う?」という質問に対して、「はい。吃音に限らず、言語障害などを抱える人の気持ちを理解することは市民として重要なこと。観客の意識も変えられるような作品にしたい」とある生徒は答えてくれました。
 
しかし、あくまでも大学進学に必要な教科であり、「発声や身体表現などの技法面を主に評価されるので、社会的なテーマに意欲的に取り組んでも点数に反映されるわけではない」という難しさを挙げた生徒も。シティズンシップを実践的に学べる演劇の可能性を感じた一方、教科として評価することの課題について考える契機となった授業見学でした。
 
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「違い」から生まれる対立を解決するには?【後編】

 
先日ご紹介した、ダイバーシティ(多様性)ワークショップ前編のレポート。
日本の学校の先生や教育系NGOのスタッフ、青年海外協力隊員として海外で活動されている方やワークショップのファシリテーションをお仕事にしている方など、たくさんの方々から反響がありました!読んでくださって、ありがとうございます。何かの参考になればうれしいです。
 
さて、今回の記事では、後編のレポートをお届けします。
 
☆前編をお読みになっていない方は、こちらからどうぞ↙↙
 
「違い」から生まれる対立を解決するには?【前編】
 
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前回、Greenhill Primary Schoolの5年生クラスを訪問したのは約10日間前。前回のワークショップの時にお休みしていた生徒が2名加わり、今回は30人で行います。グローバル教育センターからはロジーナ、JZ、わたしの3名。クラスの担任・副担任(アシスタント・ティーチャー)の先生が2名、サポートに回ります。
 
■前回の振り返り(10分)
まずは、前回行ったワークショップの振り返り。ロジーナが一つひとつ質問を投げかけていきます。生徒は積極的に手を挙げるので、次々に指名して、答えを言ってもらいます(同じ生徒に偏らないように気を付ける)。
 
◎背中に貼ったシールでグループを作ったとき、どんな問題が起こったかな?
 
◎グループに入れなかった2人は、どんな気持ちがしたかな?
(ここで、10日前に行ったワークショップですが、その時の2人の顔をスタッフがきちんと覚えていて、直接質問をするのがポイント。)
(また、大人が期待するような答えを強要しない。2人のうち女の子の方は、「悲しかった」と答えましたが、前回「わかんない」と答えた男の子は、今回も「うーん…」と考え込んでいたので、ロジーナが「ハッピーだったかな?」と質問。その子は「うん」と答えましたが、それに対してロジーナは「そう考える人もいるかもしれないね。でも、排除(exlusion)されると悲しくなる人が多いかもしれないね」とフォローをしていました)
 
explanation
◎「The Island」の物語に出てきた島民と、漂流してきた男の人は、どんな違いがあったかな?そこで起こった問題と、島民の対応は何だったかな?
 
◎もしもイギリスの島全体が大きな壁で覆われたら、どんな問題が起こるかな?
(前回、「島の周りを高い壁で覆ったことによって、何が起こると思うか?」という質問に対して生徒たちはピンと来ていないようでしたが、今回は「自分たちの国が同じ状況になったら?」と考えさせる質問に自然に変えていました。
※また、一人の生徒が「島で育てられる食べ物が限られちゃう」と答えた際に、「パイナップルを普段食べる人?オレンジは?バナナは?」と簡単に手を挙げられる質問も加えることで、外から輸入しているフルーツが食べられなくなる、という日常生活に落とし込んだ視点も取り込んでいました
 
◎みんなの前で、イギリスに来たときの話をしてくれた女性の名前は覚えているかな?彼女はどこの国出身だったかな?コミュニティに参加するために、どんな行動を取ったのかな?
(ここで、前回は詳しく触れなかった時代背景も簡単な言葉で少し説明をします(ウガンダからインド系住民が追い出されたことなど)。また、ロジーナ生徒たちからの回答を踏まえながら、「多様性(diversity)や違い(difference)が問題を生み出すこともあるんだね」というまとめのコメントをしました)
 
 
■マンダラ制作の説明(10分)・作業(30分)
前回のワークショップ後半で、生徒たちは紙にマンダラ(自分にとって大切なものを文字や絵で表現したもの)の下書きを済ませています。今日は、それを基に布に直接描きこむ作業です。これが最終的に大きな一枚のキルトに貼り付けられ、クラスの壁に飾っておく形になります(下の写真は、他の学校で制作した例)。
 
DSC00715
線はフェルトペンで縁取り、大きなパーツの色塗りはパステル(布用)でやるといいよ、など説明をしたあと、各テーブルに画材を配布していよいよ作業スタート!前回お休みしていた2人には、個別で説明をします。
 
manadala_2students
 
「騒がない!」「立ち上がらない!!」と担任の先生に注意を受けながら(笑)、生徒たちはワイワイと作業に取り組みます。
mandala_all
 
ちなみに、前回の記事にも書いたとおり、このマンダラ作成のねらいは「自分が大切にしている/したいもの」をイメージした一人ひとりのマンダラを描き、それを全て並べてクラス全体で大きな作品にすることで、「多様性(ダイバーシティ)を認めあうコミュニティ」を可視化すること。最終的な作品に載せる宣言(statement)を考えるため、生徒たちが作業しているテーブルをスタッフが回り、「コミュニティの良い所って何だと思う?(What is good about community?)」と質問を投げかけ、生徒たちの意見を汲み上げます。
 
mandala_statement
☆生徒たちからは、こんなアイディアが出されました!
・友だちと楽しく遊べる。
・何か問題が起きたときに、みんなで解決できる。
・一つのチームとして、一人ひとりがベストを尽くせる。
・一人ぼっちにならなくて済む。・・・など
 
■短い絵本の読み聞かせ(15分)
さて、ここで一旦マンダラを描く作業を中断し、「TUSK TUSK」(David Mackee, 1978年)という短い絵本をスライドに映し、JZが読み聞かせをします。”TUSK”というのは、象の牙のことです。
ちなみにこの本は邦訳も出ているようです:「じろり じろり~どうしてけんかになるの」(デビット・マッキー著、はら しょう訳)
この作者は、「象のエルマー」などの絵本でも有名ですね(カラフルなパッチワークで描かれた象が主人公です)。
 
とても短いストーリーなのですが、簡単にご紹介しますね。
 
~あらすじ~
むかしむかし、黒い象たちとと白い象たちが、住んでいました。
彼らは、世界中のすべての生き物を愛していました。
ところが、お互いに憎み合うようになり、それぞれジャングルの反対側に分かれました。
ある日、黒い象たちは白い象たちを、白い象たちは黒い象たちを殺すことに決めます。
平和を愛する一部の象たちは、ジャングルの奥に逃げ込み、それ以来彼らの姿は見られなくなりました。
残った象たちは長い間戦いを続け、最後にはどちらも絶滅してしまいました。
 
tusktusk
何年かたったある日、平和を愛した象の孫たちがジャングルから出てきました。彼らはみんな、灰色の象でした。
それから象たちは平和に暮らしました。
しかし最近、小さい耳の象たちと大きい耳の象たちが、お互いをけげんな目で見るようになっています。
(おしまい)
*画像はこちらから取りました。
 
ここで、ロジーナが子どもたちに質問をします。
・どうして争いが起こってしまったのかな?
・なぜ灰色の象が出てきたのかな?
・このあと、物語はどうなると思う?
 
生徒たちは「大きな耳の象と小さな象が一緒になって、今度は中くらいの耳の象が生まれる!」
「でも鼻の長さが違ったりしたら、またケンカになるかも」
「牙の大きさとか・・・」
「しっぽの長さとか・・・」
 
そこでロジーナが、「そうだね。色とか耳の大きさとか、小さな違いがきっかけで問題が起きてしまうことがあるよね」と声を掛けます。
みんなの暮らしている世界でも、いろんな違いがあるね。信仰(faith)や領土(teritory)、言語(language)の違いは、戦争が起きてしまう理由の一つになりうるね。みんなが前回やったシールのワークショップや「The Island」の絵本でも同じように問題が起きたことを覚えているかな?何が欠けていたから、ああなってしまったんだと思う?」
 
すると一人の生徒が、「コミュニケーションが足りなかったんだと思う」と声を挙げました。
ロジーナはそれをフォローし、「その通り!コミュニケーションを取って自分の意思を伝えること、相手を理解しようとすることを大切にしないといけないね。みんなが持っている小さな違いを尊重することで、コミュニティが成り立つんだね。そのことをもう少し考えながら、マンダラを描いてみよう!」
 
※このワークを最初にやらず、マンダラ制作の途中にはさむ理由は?と後でロジーナに尋ねたところ、
・1時間通して作業の集中力を保つのが難しいので、少し手を休める時間を取るため
・ただの「お絵描き」で終わってしまわないよう、あらためてマンダラを作る理由を考えるため
だと教えてくれました。
 
■マンダラ仕上げ(30分)
いよいよ、マンダラ制作作業の最終段階。みんな「自分にとって大切なもの」を思い思いに表現しています♪
アイディアが煮詰まったり、うまく色を塗れなかったりしている子がいたら、スタッフが手を貸すこともあります。
また、「ここに書いてあるのは、家族の名前かな?」など作業中に声を掛けることで、生徒一人ひとりが描いているストーリーに耳を傾けます(中には、マンダラに込めた物語を語ってくれる子も)。
 
▼自分の国や、自然を描いたり・・・
student1
 
▼好きな歌手の名前や・・・(テイラー・スウィフトのファンだそう)
student2
 
▼家族や友だちの名前をぐるっと・・・
student3
 
▼フットボール、男の子たちに人気でした!
student5
▼前回よりも、今回の方がクラスの先生たちが積極的に関わっていたのが印象的でした。
teacher1
 
完成~~~!!!!!
 
finish1
 
finish2
 
finish3
 
無事、時間内に全員が満足のいく形で作業を終えることができました(学校の授業時間を使って行っているので、これがとても大事!)。スタッフがいくつかのマンダラをクラス全体に紹介し、「それぞれが大切だと思うものが、いろいろあるね!」とコメント。みんなのマンダラは一旦グローバル教育センターで預かり、1枚の布パネルに統合したあと、約4週間後にクラスへ返却、という流れになります。
 
■まとめ(5分)
最後に、ロジーナからコメント。
「これまでみんなで、多様性(diversity)や違い(difference)について考えてきました。これらが生み出す問題に焦点を当てるのか、それともその解決策を考えるのかによって、結果は大きく違ってきます。みんなが作ったマンダラは、1ヶ月ほどで教室に戻ってきます。それを目にするたびに、ここでみんなで考えたこと、話したことを思い出してね」
 
これでしばらく、自分のマンダラとはお別れだよ、と声を掛けると、一斉に「バイバーイ!!」と手を振った、かわいい生徒さんたちでした^^
 
***
 
さて、ここまでお読みいただいて、いかがだったでしょうか?グローバル教育やダイバーシティ教育の実践をされている方、またこういったテーマにご興味のある方にとって参考になる部分があればうれしいです。
わたしが2日間セットのワークショップに同行してみて、実践する上で大切だと思った主なポイントは以下の5つ。
 
◎一つひとつのワークをコンパクトにまとめ、生徒を飽きさせないこと。
・・・とにかくテンポが良く、無駄がありませんでした。でも、生徒が次々に手を挙げる質問の時には、どんどん指名して発言させていました。ワーク→質問→ワーク・・・と交互に時間を設けるのがポイントだと思います。
 
◎一方通行で「教える」のではなく、細かく質問を投げかけることで生徒から答えを「引き出す」こと。
・・・Educateの語源は、ラテン語で「外に導き出す」。まさにワークショップで必要なことだと思います。スタッフがコメントを出すのは、生徒から答えが出そろってから。先に大人の言葉でまとめてしまうことは避けているのが印象的でした。
 
◎どの生徒がどんな発言をしたか、把握しておくこと。
・・・たとえば前編のワークショップでグループに入れなかった生徒を覚えておいたり、まとめの段階で「さっきあなたが『コミュニケーション』という言葉を挙げてくれたように・・・」とフォローをしたり。全体に向かって話しながらも、一人ひとりをきちんと見ているよ、という姿勢を見せることが大切だと感じました。
 
◎シンプルな言葉に絞って伝えること。
・・・大人が簡単に使いがちな「差別(discrimination)」や「対立(conflict)」といった言葉を使わず、「多様性(diversity)」「違い(difference)」「問題(problems)」などの同じ言葉を繰り返し使うことで、生徒たちの理解を容易にしていると感じました。
 
◎「違い」があることのプラス面とマイナス面、両方をバランス良く伝えること。
・・・みんな違って素晴らしい!というだけでは非現実的。かといって負の部分だけを強調するのもNG。「ささいな違いで問題はすぐに起こりがちだけれど、それを解決する方法をみんなで考えよう」というメッセージを、ワーク全体を通してうまく伝えていました。
 
 
これからもわたしは、ヨーク大学修士課程で「グローバル市民教育」を理論的に研究しながら、インターン先のグローバル教育センターでワークショップや教師対象のトレーニング運営を実践的に学んでいきます。またのレポートをお楽しみに♪
 
☆グローバル教育センター(Centre for Global Education York)のウェブサイト
http://www.centreforglobaleducation.org/
 

「違い」から生まれる対立を解決するには?【前編】

 
イギリス・ヨークの大学院で市民教育(シティズンシップ教育)を学び始めてから、半年が経ちました。
1月から春学期(Spring term)が始まり、授業数が一つ減ったこと、また実践を通じて市民教育・グローバル教育に触れる機会を作りたいと思ったことから、今月(2月)よりグローバル教育センター(Centre for Global Education York)※でインターンを始めました!主に、SNSを通じた情報発信と、学校でのワークショップ運営サポートが主な内容です(日本にいた時に、パラレルキャリアとしてやってきたことがイギリスで生かされるとは!)。
 
※グローバル教育センターとは?
1982年設立。市民教育やグローバル教育をテーマに、教員向けの研修や学校でのワークショップを実施している、ヨーク拠点の教育NGO。以下の8つをメインコンセプトとしています。

• Values & Perceptions(価値と視点)
• Human Rights(人権)
• Sustainable Development(持続可能な開発)
• Interdependence(相互依存)
• Conflict Resolution(対立の解決)
• Social Justice(社会正義)
• Diversity(多様性)
• Global Citizenship(グローバル・シティズンシップ)

センターの成り立ちについてはこちら(日本語)→http://www.dear.or.jp/uk/menu01.html
 
さて、今日は初めて小学校での「マンダラ・ワークショップ」に随行させてもらったので、その内容をシェアしたいと思います☆
 
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今回ワークショップを実施したのは、Greenhill Primary Schoolという公立小学校(State school)の5年生のクラス(Year5)。男女比率はほぼ半々で、全体の人数は28人です。
以前、グローバル教育センター主催の教員研修に参加した先生からの依頼で、ワークショップを実施することになったそうです(ただし先生は当日の進行に携わらず、グローバル教育センターのスタッフが行います)。
マンダラ・ワークショップは2時間×2日間がセットになっていて、今日はその初日。翌々週に後半を行います。
 
■導入(10分)
今日のワークショップの趣旨説明。「違い」があることで生まれる問題をどう解決するか?ということを学びます。最初にスタッフのロジーナが「このクラスの中で、違う国出身の人はいますか?」と質問を投げかけたところ、半数ぐらいの生徒が手を挙げました(ヨークの学校にしては珍しく比率が高い)。イラン、パキスタン、アルジェリアなどから来ているとのこと。「僕、イタリアのクォーターだよ!」と元気に教えてくれた子も。ちなみにスタッフも出身がバラバラです(イギリス、カリブ、ウガンダ、そしてわたしが日本)。
 
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■色分けゲーム(30分)
生徒が輪になって立っている状態で、私も含めスタッフ4人が彼らの背中に丸いカラーシールを貼っていきます(黒、オレンジ、白、紫の4色×7人ずつ)。つまり、みんな自分に付いている色は見えません。そのあと、「声を出さずに」同じ色同士の人が集まってグループを作るというワーク。「話す以外にどんな方法でコミュニケーションを取ったらいいかな?」という問いをあらかじめ出しておきます。いざゲームが始まると、ヒソヒソ声で話してしまう子もいるので、「ささやくのもダメ!」と釘を刺す必要があります。
 
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無事に4グループに分かれられたところで、「話しちゃいけない中で、どうやって工夫したのかな?」と聞きます。子どもたちは、「教室に貼ってあるポスターを指さして、友達の背中に付いている色を教えた」、「同じ色の子を身振りで呼んで集めた」と答えてくれました。
 
さて、ここで背中のシールをはがして、もう一度輪になります。「今度は新しいシールを貼るから、また同じようにグループを作ってね。さっきよりも効率よく、素早くできるように工夫してみて!」と伝えます。実はこの2回目は、2人だけどの色にも当てはまらないシールが貼られる(ピンク色の四角と、銀色の星型)のですが、それはスタッフしか知りません。
 
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一度同じアクティビティをやっていたので、今度は簡単・・・なはずが、ここで問題が起こります。どのグループにも入れない生徒が2人。他の生徒に何度も背中を確認されるも、首を振られてしまい、教室の真ん中にポツンと残ってしまいました。ここで、ロジーナが聞きます。「どうしてグループに入らないの?」。すると生徒たちは「シールの色が、2人だけ違うんだ」。クスクスと笑っている子たちもいます。あぶれてしまった2人に「どんな気持ち?」と答えると、ピンクのシールの女の子は「仲間はずれみたい・・・」、銀のシールが付いた男の子は「うーん・・・わかんない」。
 
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ロジーナがここでまた問いを投げかけます。「本人たちは、他に選択肢がなかったのに仲間に入れなかった。この状態を、排除(Exclusion)と言うんだよね。じゃぁ、どうやってグループに入ったらいいと思う?何か良いアイディアはあるかな?」すると生徒たちから、「一番近い色のグループに入る。ピンクはオレンジに近いし、銀は白に似ていると思う」「人数が少ないグループに入る」「自分の行きたいところに入ればいいんじゃない?」と口々に答えました。
 
生徒が席に戻ったあと、「もし自分がさっきの2人の立場だったら、どう感じるかな?」とロジーナが尋ねると、「寂しい」「ハッピーじゃない」「みじめな感じ」と答える生徒たち。「では、実際にああいう経験をしたことがある人?」という質問にも、たくさんの手が挙がりました。ここで次のアクティビティに移ります。
 
■絵本の読み聞かせと議論(30分)
色分けゲームで体を動かしたあとは、「The Island」(Armin Greder, 2008年)という絵本をスクリーンに写し、スタッフのJZが読み聞かせをします。読む前にロジーナが生徒たちに問いかけた質問は2つ。「島民たちの反応はこれで良かったと思うか?」「この島は、住むのに良い場所だと思うか?」
 
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わたしが調べてみた限りでは、この絵本の邦訳が出ていないみたいなので、簡単にあらすじを書いておきます:
 
~あらすじ~
とある島の海岸に、何も服を着ていない、見知らぬ男が流れ着く。一体彼が誰なのか、どこから来たのか、何を必要としているのか、誰にもわからない。彼を見つけた一人の漁師が「このまま海に戻したら、彼は死んでしまう」と心配したため、島民たちはしぶしぶ島に迎え入れ、ヤギの檻の中に入れることにする。
 
島民たちは次第に、その男が食べ物と助けを必要としていることに気が付くが、教師や聖職者でさえも彼を助けなくて済む言い訳を探す。「彼に全部食べ物を食べられてしまうかもしれない」「私たちよりも安い賃金で働かせることができるのでは?」「でも厨房で彼を働かせたら、誰もうちの宿で食事をしたがらないに違いない」「どうやら彼は骨を食べるらしい」「このままでは私たち島民を殺すのではないか」― 憶測が飛び交い、次第に島全体が彼を恐れるようになる。
 
やがて、島民はその男を無理やり海に追い出すことに決める。そして、もう二度とよそ者が島を見つけて侵入することのないよう、島全体を高い壁で覆ったのだった。
 
The Island
・・・というストーリーです。無表情な「よそ者」と、恐怖や嫌悪感を抱く島民の表情が、なかなか恐ろしいイラストで描かれています。
このお話と、最初にやった色分けゲームでの学びを踏まえて、生徒たちに質問を投げかけていきます。
 
漂流してきた男と島民は、お互いの言葉が理解できない中、どうすればコミュニケーションを取れたか?
→ 生徒たちも色分けゲームの時に「話してはいけない」という制約があったことを思い出させます。「おなが空いていることをジャスチャーで伝える!」「食べ物を指さす!」などの答えが挙がりました。
 
島民たちが彼に対してしたことは、良い方法だったか?(NO、という声が上がったので)自分ならどうしたと思うか?
→ 「食べ物を分ける」「温かいお風呂に入れてあげて、服を着させる」「家でもてなす」などの反応がありました。
 
本当にその男は島民を殺してしまう危険があったと思うか?
→ これに対する生徒の反応はさまざまでした。「いつ何をするか誰にも分からない」「ヤギ小屋の中にナイフがあったら使うかも」と答えた生徒も。また、「弱っているから、そんな力はなかったと思う」「島の人たちが勝手に想像を膨らませただけ」という意見も。差別や偏見、という言葉は出たわけではありませんが、「よそ者に対する漠然とした恐怖」というのは感じ取ったようでした。
 
最後のシーンで、島の周りを高い壁で覆ったことによって、何が起こると思うか?
→ この質問は、最初ピンと来ない子も多かったように見受けられました。ロジーナが「外に出られないし、中に入って来られないとしたら?」と言葉を補うと、「休暇中、島の外に遊びに行けない」「海水や魚を採れなくなる」「島の人が病気になっでも、外のお医者さんに診てもらえない」などの答えが出ました。
 
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■ストーリーの共有(15分)
ゲームと絵本を通じて、「違いによって起こる対立とその解決」について考えてきた子どもたちに、ボランティアのマドゥが、40年前にウガンダからイギリスへ移住してきた時に経験した自分のストーリーを話します。
(背景について補足:ウガンダは1894年にイギリスの植民地とされ、1962年に英連邦王国の一員として独立。1970年代のウガンダでは軍事政権による独裁政治が敷かれ、インド系住民が多数追放されました)
 
~ストーリー~
わたしは1973年に、両親と共にイギリスへ移住して来ました。他に選択肢はなかったのです。最初はロンドンにいましたが、その後結婚し、ヨークに移りました。知り合いは周りに誰もおらず、「外国人」である自分に話しかけてくる人はいませんでしたし、こちらから挨拶をしても無視されていました。生後18ヶ月の子どもを抱えて、夫が働きに出ている間は良く一人で家で泣いていました。
 
そんなことが続いていたある日、私はある賭けに出ることを決めました。隣の家のドアをノックし、こう言ったのです。「しばらく私の子どもの面倒を見てください」。そして返事も待たずに息子を預け、私はその場を離れました。
相手は、会話も交わしたことのない人です。もしかしたら、自分の子どもがひどい目に遭わされるかもしれない。怒鳴り込んで来るかもしれない。そういう不安ももちろんありました。でも、誰も私にチャンスを与えてくれないなら、自分からチャンスを取りに行くしかない。一か八か賭けてみよう。そう思ったのです。
 
そして30分後、私は再びお隣さんを訪ねました。「うちの子は、ご迷惑をお掛けしませんでしたか?」そう聞くと相手は、「全然!すごく良い子でしたよ。声を掛けてくれれば、いつでも面倒を見ますよ!」実際、彼女はとても優しい女性だったのです。それまでは知らなかっただけで。すると翌日、彼女から「良かったら、紅茶を飲みに来ませんか?」とお誘いがありました。こうして私は、イギリスに来て初めての友達ができたのです。
 
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その年の冬、私は大量のクリスマスカードを買いました。夫は「友達もろくにいないのに、そんなにたくさんのカードをどうするつもり?」と不思議がっていました。私は「メリークリスマス」のメッセージに、夫、自分、息子の名前を添えてせっせとカードを書きました。そして、自分が住んでいるストリートにある家 一軒一軒のポストにそれを投函していったのです。数えてみたら、全部88枚ありました。そうしたら、3人がクリスマスカードの返事をくれたので、私はとても嬉しかったの!
 
私がウガンダからイギリスに来た時、誰も相手にしてくれず、一人ぼっちでした。それが今では、毎年100人以上の友達からクリスマスカードをもらうようになったのです。待っていても、誰もチャンスをくれるわけではなかった。だから私は、自分からチャンスをつかみに行ったのです。これが、私のストーリーです。
 
■ここまでのまとめ(10分)
色分けゲームで、「少しの違いが排除につながること」を体験し、解決策を探し、
絵本を通じて「排除を生み出す原因と背景」について客観的に考え、
マドゥのストーリーを通じて「排除される側の気持ち」を知る
というプロセスを辿ってきた子どもたち。
 
• どうしたら、「排除」が起こることを止められるかな?
• 私たちは一人ひとりユニークな存在で、それぞれが素晴らしい。だから、みんな違って当たり前。
• 誰とも「違う」けど、「似ている」ところもたくさんあるね。
• お互いの存在を尊重し合うことで、ハーモニー(調和)が生まれるんだね。
 
そんなことをロジーナが話し、今日最後のワークへと移ります。
 
■マンダラのアイディアスケッチ(25分)
グローバル教育センターが学校で行うワークショップでは、最後にクラス全体でマンダラ(Mandala)を制作します。
マンダラ?・・・漢字で「曼荼羅」と書けば伝わるでしょうか。日本語だと仏教の世界観を表現した絵画を思い浮かべると思いますが、英語だとヒンドゥー教をはじめさまざまな宗教で「宇宙」を表すスピリチュアルなシンボルを指すようです。
 
このワークの目的は、「自分が大切にしている/したいもの」をイメージした一人ひとりのマンダラを描き、それを全て並べてクラス全体で大きな作品(布)にすることで、「多様性(ダイバーシティ)を認めあうコミュニティ」を可視化すること。出来上がったものは、教室の壁に飾り、いつでも振り返れるようにします。
 
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まずロジーナをJZが、他の学校の生徒たちが作ったマンダラや、いろんな国の人たちが描いたデザインを子どもたちに見せます。それぞれ、基本の形(円や六角形など線対称)は同じですが、描かれているイラストや色、模様はさまざま。たくさんの例を見せることで、ルールに囚われず自由に描いていいことを伝え、自分の作りたいイメージを良く考える時間を与えます(生徒たちの目が輝いていたのが印象的でした!やはり、実際に手を動かし何かを創り出す時間が必要なんだなと感じました)。
 
イメージが膨らんできたところで、マンダラの基礎だけ印刷されている白黒印刷の紙を一人ひとりに配布します。
 
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すぐに描き始める子、しばらく考えてから取り掛かる子などさまざまでしたが、みんな生き生きと取り組んでくれました!今日(前編)は鉛筆で下書きをし、次回のワークショップ(後編)で色を付けて完成させる、という流れになっています。
 
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こうして文章にしてみたら、かなりのボリュームになってしまいましたが!グローバル教育・ダイバーシティ教育などに関心のある方にとって、何か一つでも参考になるポイントがあれば嬉しいです。わたしも帰国後は、再び教育ワークショップの企画・運営に携わりたいと考えているので、自分にとってのヒントという意味も込めて。
 
マンダラ・ワークショップの後編は、今月23日にまた学校を訪れて開催しますので、またレポートします♪
 
【追記】レポート後編もアップしました。
「違い」から生まれる対立を解決するには?【後編】 | 齋藤実央 Official Blog 【Enbook】