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【留学準備】学生寮の申込み完了!

まだ大学側からCASの発行がされておらず(もう6月なのに・・・)、ビザの申請手続きが全く進んでいないことに焦りを感じている今日この頃ですが、とりあえず寮の申込みページは今日オープンしたので、手続きをしました!
 
わたしは下記のコースに留学するのですが、「7月から始まるPre-sessionalコースの期間については寮の申込みは不要(大学側が自動的に部屋を決める)」と言われたので、9月からのMAコース(修士課程)期間中の寮を申し込みました。
 
2014年7月24日~9月18日:8-week Higher Level English Language Pre-sessional
>学生寮については、あとコース開始1ヶ月前までには連絡が来るそう。
 
2014年9月29日~2015年6月19日(修士論文提出はこの後):MA in Global and International Citizenship Education
>今日申し込んだのは、こちらのコースの学生寮。ステイ期間は自分で自由に入力できないようになっていて、どうやら2014年9月20日~2015年9月12日の期間で固定のようです。
 
事前にAccommodation Officeに問い合わせたときに、
 
・わたしのMAコースが属するEducational Departmentは、Heslington West CampasのDerwent Collageというカレッジにあること。
・一番新しい寮は、Heslington East CampasのGoodrick, Langwith, Constantineというカレッジにあること(もう一つのキャンパスまでは徒歩15-20分で、無料バスも出ていること)。
・Langwith, Constantineに泊まるなら、3/4サイズのベッド用のパック(£40)、その他のカレッジであればシングルベッド用のパック(£33.60)がかかること。
 
という情報をメールでもらっていたので、
 
Goodrickeカレッジにある一番安い「Premium standard」タイプの部屋を申し込むことに決めていました。
(事前に情報があると、選ぶのに迷わなくていいと思います)
 
ちなみに、寮費は£124.32 × 51週=£6,340.32・・・約100万円(結構高い!)で、
デポジットとして£260.00を先に決済しておく必要があるとのこと。
これの手続きをしたいのだけど、サーバーが混雑しているのか画面が真っ白になってしまい、進めない・・・。
 
とりあえず、Accommodation Officeに問合せ中。
無事に申込みが受理されますように!&そして早くCASとビザの手続きも終わらせたい。。
 
Goodricke-College

Goodricke College – Goodricke College, The University of York

LiBの武井梨名ちゃんと「女性のキャリア」について語ってきた

先月リリースされたばかりの女性向け転職サービス【LiB(リブ)】が面白そうだな~と思っていたところ、
こちらの記事に登場した大学の後輩・創一朗くんが、LiBにジョインしたばかりの武井梨名ちゃんと繋がっていることがわかり、ちゃっかりわたしもコンタクトを取ってみました!
 
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■LiBとは?
 
LiBは、「日本初の『ハイキャリア(※)女性』のための会員制転職サービス」。
自分のスキルや就労希望条件のほか、ライフステージに合わせて、「キャリアアップ版」「ワークライフバランス版(時短勤務)」のプランを2つ以上登録しておくと、コンサルタントや企業からオファーが届くという仕組みです。
 
※過去の最高到達年収が400万円以上の女性が対象。
 
わたし自身、「家庭かキャリアか」という究極の二択を迫られがちな女性の働き方や生き方の選択肢を増やしたい!という想いから「パラレルキャリア・ラボ」というコミュニティーを運営しているため、
 
「いつ、どんなときにでも女性が自身のキャリアをあきらめることなく、『今の自分』が求める働き方でキャリアを積み続ける」ことを応援する、LiBのビジョンに共感しています。
(試しに、わたしも無料会員登録してみました♪)
 
■女性がキャリアをあきらめない環境づくり
 
というわけで、ご縁が繋がってLiB社員の梨名ちゃんとランチ。わたしと1学年しか違わないこともあり、すごく話しやすかったです!
 
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▲右が武井梨名ちゃん。

 
彼女のキャリアは、ゲーム会社(1年半)→コンサルティングファーム(1年半)→ベンチャー企業であるLiBの広報としてジョイン。
 
今でこそ「あと2年働いたら起業するって決めてるんです!!」というバリキャリ女子ですが、学生の頃は「とりあえず就活して、2~3年働いたら結婚して辞めてもいいかな」ぐらいの気持ちでいたんだとか。
 
でも、いざ社会人になってみたら仕事の面白さに目覚めてしまい、おじいさまが実業家だった影響もあってか「自分でビジネスをやってみたい」という気持ちが強くなったそうです。
 
最初の転職で中途入社したコンサルティングファームが、育休・産休が取りやすく、福利厚生も充実していた「女性もめちゃめちゃ働きやすい会社」だったそう。
そこでふと、「わたしはたまたまこの会社に入れたからラッキーだったけど、ほとんどの女性はこういう働き方もあることを知らないまま、キャリアをあきらめていくんじゃないか」と思った梨名ちゃん。
 
そこから「家庭もキャリアも諦めずに女性が活躍できる環境を作りたい!」という想いが芽生え、LiB代表の松本さんとの運命的な出会いを経て、できたてほやほやのベンチャーに転職することを決めました。
 
■次世代のために私たちが頑張る
 
梨名ちゃんの言葉で印象的だったのが、
「私たちの世代は、働き方も含め『変化』の時代に生きていると思うんです。だから、ある程度しんどいのは覚悟の上で、次の世代の子たちができるだけ苦労しないで済むように、いま頑張りたいんです
ということ。
 
梨名ちゃんは、見た目はキラキラ女子なんですが(わたしの第一印象)、かなり熱いハートをもっているんだなー!と同世代として心強く感じました。
 
「女性の働き方の選択肢を広げたい」という想いのほかに、私たちが共通して考えている課題は、「どうしたら、より多くの女性に魅力を感じてもらえるか?」ということ。
 
こういう新しい試みって、サービスを提供する側がどんなに一生懸命でも、「わー、なんかあの人たち熱い、、自分とは別の世界で頑張ってる人だわ」とか、「一握りのエリートの、エリートによる、エリートのための取り組み」みたいに思われちゃうと、それだけで温度差が生まれてしまうんですよね。。
 
パラレルキャリアの推進に取り組んでいるわたしも、女性のための新しい転職サービスを広めようと頑張っている梨名ちゃんも、特別な人間ではなく、ただ純粋に「もっといろんな働き方があってもいいのに!」と考えている普通の女の子です。
 
これから労働市場の担い手の中心になっていく同世代に対してより効果的にメッセージを伝えていくべく、実際にライフステージに合わせて柔軟に働く女性の例をもっと提示していき、また私たち自身がそのロールモデルになることを目指して、日本キャリア女性の活用を促進していくひとつのチカラになれたらいいね!と決意を新たにしました。
 
わたしは来月から1年強、イギリスへ行ってしまうのですが、帰国後にでも何か一緒に企画できたらうれしいなぁ。梨名ちゃん、これからもよろしくお願いします♪
 
☆LiBの会員登録(無料)はこちらから!

 
余談なんですけど、「『梨名』っていう名前の漢字、珍しいですね!」と言ったところ、「実は、両親の出身が『山梨』と『名古屋』だったから、っていうだけの理由で付けられたんですよね(笑)」って。この日一番の衝撃でした(ご両親の潔さ・・・!)。
 

自分の正義がいつも「正しい」とは限らない

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photo via minus.com

 
先日、「人間関係って難しいなぁ」と少し凹んだことがありました。せっかくなので、そこから学んだことを(リハビリも兼ねて笑)ブログに書いておこうと思います。
 
最も痛感したのは、正義がいつも「正しい」わけではないということ。
日本語としてはおかしく聞こえるかもしれないけれど、2つの意味でそう思うのです。
 
まず、わたしが「正しい」と思うことは、あくまでもその時の状況や価値観においてそうである、というだけで、
ほかの人にとっても同じだけの「正しさ」であるとは限らないんですよね。
人それぞれの「正義」があったりするので、「世間一般的な正しさ」というのを決めるのは難しい。
(明文化されたルールがない領域だと、特に。倫理観とも関わってくる部分もありますし。)
 
そして、ネガティブな感情に支配されている人は、そもそも正論を求めていないことが多い
「自分はこんなに大変な思いをしている、誰にもこの苦労はわからない」みたいなことを吐き出す場合、その人が一番欲しいのは「ツライね、良く頑張ってるね」といった同情や共感。
超ポジティブなアドバイスだとか「その言い方はないんじゃない?」といった(一見、正しそうな)批判なんて受け入れられる状態ではないんですよね。そんなことを言おうものなら、猛反撃されるのがオチ。。
正論だからといって、常にまかり通るわけではありません。
 
特にFacebookなどのSNSは、あくまでも「承認欲求」を満たす場なので、その傾向が顕著ではないでしょうか。
大前提として、「いいね!」をもらえるような投稿をしているわけなので、たとえそれが自分にとっての「正しさ」に反していたとしても、特にコメントせずにスルーするのが懸命な選択。
不快になることが続くなら、そっと「非表示」にするしかなさそうです(申し訳ないけれど、わたしはあまりに耐えられない時はそうしています。目に入らなければ、イヤな思いをしなくて済むので。)
 
SNSならではの面倒臭さもあるとは思いますが、「自分にとって正しいことが、いつでもまかり通るわけではない」という当たり前のことを、日常生活でも忘れちゃダメだなぁ(さもなければケガするなぁ笑)、とあらためて思ったのでした。
 
そんな一件があった後、瀬尾まいこさんの『図書館の神様』という小説を読んでいたら、まさに!な言葉に出会いました。
 
〝きっぱりさっぱりするのは楽じゃん。そうしてれば正しいって思えるし、実際間違いを起こさない。
だけどさ、正しいことが全てじゃないし、姉ちゃんが正しいって思うことが、いつも世の中の正しさと一致するわけでもないからね〟

 
これは、「正しくあることに一番重きをおいて、まじめにまっすぐ」生きてきた主人公に、弟が掛けた言葉。
そうなんだよなぁ、「正しいことは正しい」とも限らないんだよなぁ、と頷いてしまいました。
 
誰かの言葉や態度にムッとしてしまうのは、自分の中の「正しさ」に反している(自分の思い通りにならない)のが許せないだけであって、「相手が間違っているから正してやらねば」という考えは傲慢なのかもしれません。
 
もちろん、自分なりの「正義」みたいなものはある程度持っていないと、あらゆる決断ができなくなってしまいますが、「正しいことがいつも正しいわけではない」ということも心に留めつつ、相手の価値観と擦り合わせる努力も怠ってはいけないなぁ、と反省したのでした。
 
 

必死な姿は格好悪い。でもそれを笑う資格は誰にもない。

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「このままでいいのかな?」
って疑問や迷いが生まれるのは、一生懸命取り組んでいる人だけ。
なあなあに過ごしていれば、そんな思いに捕らわれることは、おそらくない。
 
もがきながら、葛藤しながら、それでも前に進み続けた人だけが、自分の道を見つけられるのでしょう。
 
そこに至るまでの姿は、もしかすると格好悪いところもあるかもしれないけど、
頑張っている人を笑う資格なんて誰にもない、と思うのです。
そして、たとえ笑われたって、卑屈になる必要は全くない。
 
何か結果が出たり有名になった途端、手の平を返したようにチヤホヤするのって、なんかちょっと違う気がします。
 
それから、
「なに必死になっちゃってるの?ww」とバカにする人よりも、
 
「頑張ってるね、応援するよ!」と味方になってくれる人の声に耳を傾ける方が、うまく行くこともある。
 
もちろん、批判を受け入れる謙虚さは必要だけど、
自分を勇気づけてくれる言葉をひたすらに信じないと、前に進めないこともあるんです。
 
必死になっている人のことを、心ない言葉や態度で侮辱する人は、
それほどまでに必死になりきれない自分に負い目があるだけかもしれないし、
そんなことに気を取られるのは時間がもったいない。
 
夢を追っかけることのしんどさを経験上わかっている人は、
頑張っている人のことをバカにしたりしないですよね。
 
わたしの周りには、夢を叶えるためにチャレンジしている人、夢を見つけるために自分と向き合っている人、たくさんいます。
わたし自身、新しい道に一歩踏み出したばかり。
 
まだ芽が出ていなくたって、どんなに活動規模が小さくたって、志を持って努力する人を応援できる謙虚さを持っていたいし、
その人の頑張りが報われて花が咲いたときには、思いっきり喜べる自分でありたいです。
 
 

「誰かのために」よりも大切にしたいこと。

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「周りを良く見て、想像力を働かせて、人にやさしく」とは良く言うけれど、これができるかできないかは、性格の良し悪しとか努力の量で決まるわけではない気がします。
 
“心とカラダに余裕があるかどうか”
 
これが大きいなぁ!って。
 
すごく具合が悪いときは、電車で妊婦さんに席を譲るよりも自分が座っていたいし、
 
大事な約束に遅れそうで急いでる時は、道に迷ってる人に懇切丁寧に教えるのは難しいし、
 
仕事が溜まっていて忙しかったら、家族が具合悪くても付き添ってあげられない。
 
だから、「困ってる人のために何かしてあげる」よりも先に、
「まずは自分の生活にゆとりを持つ」ことを大切にしたい。
 
何かをガマンしたり犠牲にしたりして誰かを助けられる人も素敵だけど、わたしにはなかなか難しいから、
 
毎日を丁寧に過ごすことで生まれたちょっとしたスペースを、そのとき必要としてる人に分けられる状態でいたいなぁ。
 
 

バックパッカーの恩送り

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~サハラ砂漠に映る、ラクダと自分の影~

 
「恩送り」という言葉を口にするたびに、思い出す人がいます。
4年前、アテネの空港で出会った、名前も知らないドイツ人の女性。
彼女が掛けてくれた一言が、今でも忘れられません。
 
大学生活最後の夏、わたしは大きなバックパックを背負って1人旅をしていました。
今まで見たこともない景色に出会う興奮と、
自分の身は自分で守らなければならない緊張感・・・
たくさんの想いを抱えながら、世界中を旅していました。
 
1人旅3ヶ国目のエジプトに向けて発つため、アテネの空港で時間をつぶしていたとき、
銀髪のマダムが私に話しかけてきました。
 
「すみません、少しの間、荷物を見ていてくださる?あそこのスタンドでコーヒーを買ってきたいの」
 
わたしは、特にすることもなかったので、
「いいですよ、待ってます」
と答えました。
 
「あなたもコーヒー飲む?」
と聞いてくださいましたが、
わたしはしばらくユーロ圏には戻ってこないから、と思い、残っていた硬貨を全て使い切ったあと。
だからもう空港では買い物をしないつもり、と返事をし、
彼女が置いていったカートを軽く手で押さえながら、ベンチに座って待っていました。
 
10分ほどして戻ってきた彼女の手には、コーヒー2つとデニッシュの入った袋が。
 
「荷物を見ていてくれたお礼に、良かったら食べてね」
と私に手渡してくださって。
 
「そんな、特に何もしていないのに・・・ありがとうございます」
と少し戸惑いながらお礼を言うと、マダムは言いました。
 
「こう見えて、わたしも若いころ、バックパッカーだったのよ。
そのとき、旅行先でたくさんの人たちにお世話になったの。
だから、今度はわたしが親切にする番だと思って。
どうか安全に、最後まで楽しい旅を続けてね」
 
そうか。
 
そうだったんだ。
 
この女性は、わたしに“恩送り”をしてくれたんだ。
 
「あの、わたしも大人になってバックパッカーで旅している人を見つけたら、
きっとあなたみたいに助けてあげます。本当にありがとう」
 
そうわたしが答えると、彼女はにっこり笑ってその場を立ち去りました。
 
ほんの一瞬のことで、
彼女の名前も聞かずじまいだったけど、
この時のことを今でもはっきりと思い出すことができます。
 
旅をしていると、イヤな目に遭うこともある。
でもそれ以上に、多くの人の親切に触れることができる。
 
きっとそれは旅に限ったことではなくて、人生を通じてたくさんの優しさを受け取っていて、
見ず知らずの人に“恩返し”をする機会は訪れないかもしれないけれど、
次に出会った誰かにその恩を送ることはできる。
 
わたしに対して周りの人が与えてくれる愛、
それはきっと、長い時を経て、人から人へと受け継がれてきたもの。
その繋がりを絶ってしまわぬように、
ゆっくりゆっくり“恩送り”を繰り返していきたいものです。
 
☆このコラムは、以前Huglobe!の方で書いた文章を転載しました☆
 
わたしが世界一周航空券を使った時のブログはこちらです。
[Gull or Bee - 2009年9月2日~10月19日の約50日間、 女子大生12ヶ国1人旅のブログ]