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「違い」から生まれる対立を解決するには?【前編】

 
イギリス・ヨークの大学院で市民教育(シティズンシップ教育)を学び始めてから、半年が経ちました。
1月から春学期(Spring term)が始まり、授業数が一つ減ったこと、また実践を通じて市民教育・グローバル教育に触れる機会を作りたいと思ったことから、今月(2月)よりグローバル教育センター(Centre for Global Education York)※でインターンを始めました!主に、SNSを通じた情報発信と、学校でのワークショップ運営サポートが主な内容です(日本にいた時に、パラレルキャリアとしてやってきたことがイギリスで生かされるとは!)。
 
※グローバル教育センターとは?
1982年設立。市民教育やグローバル教育をテーマに、教員向けの研修や学校でのワークショップを実施している、ヨーク拠点の教育NGO。以下の8つをメインコンセプトとしています。

• Values & Perceptions(価値と視点)
• Human Rights(人権)
• Sustainable Development(持続可能な開発)
• Interdependence(相互依存)
• Conflict Resolution(対立の解決)
• Social Justice(社会正義)
• Diversity(多様性)
• Global Citizenship(グローバル・シティズンシップ)

センターの成り立ちについてはこちら(日本語)→http://www.dear.or.jp/uk/menu01.html
 
さて、今日は初めて小学校での「マンダラ・ワークショップ」に随行させてもらったので、その内容をシェアしたいと思います☆
 
***
 
今回ワークショップを実施したのは、Greenhill Primary Schoolという公立小学校(State school)の5年生のクラス(Year5)。男女比率はほぼ半々で、全体の人数は28人です。
以前、グローバル教育センター主催の教員研修に参加した先生からの依頼で、ワークショップを実施することになったそうです(ただし先生は当日の進行に携わらず、グローバル教育センターのスタッフが行います)。
マンダラ・ワークショップは2時間×2日間がセットになっていて、今日はその初日。翌々週に後半を行います。
 
■導入(10分)
今日のワークショップの趣旨説明。「違い」があることで生まれる問題をどう解決するか?ということを学びます。最初にスタッフのロジーナが「このクラスの中で、違う国出身の人はいますか?」と質問を投げかけたところ、半数ぐらいの生徒が手を挙げました(ヨークの学校にしては珍しく比率が高い)。イラン、パキスタン、アルジェリアなどから来ているとのこと。「僕、イタリアのクォーターだよ!」と元気に教えてくれた子も。ちなみにスタッフも出身がバラバラです(イギリス、カリブ、ウガンダ、そしてわたしが日本)。
 
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■色分けゲーム(30分)
生徒が輪になって立っている状態で、私も含めスタッフ4人が彼らの背中に丸いカラーシールを貼っていきます(黒、オレンジ、白、紫の4色×7人ずつ)。つまり、みんな自分に付いている色は見えません。そのあと、「声を出さずに」同じ色同士の人が集まってグループを作るというワーク。「話す以外にどんな方法でコミュニケーションを取ったらいいかな?」という問いをあらかじめ出しておきます。いざゲームが始まると、ヒソヒソ声で話してしまう子もいるので、「ささやくのもダメ!」と釘を刺す必要があります。
 
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無事に4グループに分かれられたところで、「話しちゃいけない中で、どうやって工夫したのかな?」と聞きます。子どもたちは、「教室に貼ってあるポスターを指さして、友達の背中に付いている色を教えた」、「同じ色の子を身振りで呼んで集めた」と答えてくれました。
 
さて、ここで背中のシールをはがして、もう一度輪になります。「今度は新しいシールを貼るから、また同じようにグループを作ってね。さっきよりも効率よく、素早くできるように工夫してみて!」と伝えます。実はこの2回目は、2人だけどの色にも当てはまらないシールが貼られる(ピンク色の四角と、銀色の星型)のですが、それはスタッフしか知りません。
 
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一度同じアクティビティをやっていたので、今度は簡単・・・なはずが、ここで問題が起こります。どのグループにも入れない生徒が2人。他の生徒に何度も背中を確認されるも、首を振られてしまい、教室の真ん中にポツンと残ってしまいました。ここで、ロジーナが聞きます。「どうしてグループに入らないの?」。すると生徒たちは「シールの色が、2人だけ違うんだ」。クスクスと笑っている子たちもいます。あぶれてしまった2人に「どんな気持ち?」と答えると、ピンクのシールの女の子は「仲間はずれみたい・・・」、銀のシールが付いた男の子は「うーん・・・わかんない」。
 
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ロジーナがここでまた問いを投げかけます。「本人たちは、他に選択肢がなかったのに仲間に入れなかった。この状態を、排除(Exclusion)と言うんだよね。じゃぁ、どうやってグループに入ったらいいと思う?何か良いアイディアはあるかな?」すると生徒たちから、「一番近い色のグループに入る。ピンクはオレンジに近いし、銀は白に似ていると思う」「人数が少ないグループに入る」「自分の行きたいところに入ればいいんじゃない?」と口々に答えました。
 
生徒が席に戻ったあと、「もし自分がさっきの2人の立場だったら、どう感じるかな?」とロジーナが尋ねると、「寂しい」「ハッピーじゃない」「みじめな感じ」と答える生徒たち。「では、実際にああいう経験をしたことがある人?」という質問にも、たくさんの手が挙がりました。ここで次のアクティビティに移ります。
 
■絵本の読み聞かせと議論(30分)
色分けゲームで体を動かしたあとは、「The Island」(Armin Greder, 2008年)という絵本をスクリーンに写し、スタッフのJZが読み聞かせをします。読む前にロジーナが生徒たちに問いかけた質問は2つ。「島民たちの反応はこれで良かったと思うか?」「この島は、住むのに良い場所だと思うか?」
 
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わたしが調べてみた限りでは、この絵本の邦訳が出ていないみたいなので、簡単にあらすじを書いておきます:
 
~あらすじ~
とある島の海岸に、何も服を着ていない、見知らぬ男が流れ着く。一体彼が誰なのか、どこから来たのか、何を必要としているのか、誰にもわからない。彼を見つけた一人の漁師が「このまま海に戻したら、彼は死んでしまう」と心配したため、島民たちはしぶしぶ島に迎え入れ、ヤギの檻の中に入れることにする。
 
島民たちは次第に、その男が食べ物と助けを必要としていることに気が付くが、教師や聖職者でさえも彼を助けなくて済む言い訳を探す。「彼に全部食べ物を食べられてしまうかもしれない」「私たちよりも安い賃金で働かせることができるのでは?」「でも厨房で彼を働かせたら、誰もうちの宿で食事をしたがらないに違いない」「どうやら彼は骨を食べるらしい」「このままでは私たち島民を殺すのではないか」― 憶測が飛び交い、次第に島全体が彼を恐れるようになる。
 
やがて、島民はその男を無理やり海に追い出すことに決める。そして、もう二度とよそ者が島を見つけて侵入することのないよう、島全体を高い壁で覆ったのだった。
 
The Island
・・・というストーリーです。無表情な「よそ者」と、恐怖や嫌悪感を抱く島民の表情が、なかなか恐ろしいイラストで描かれています。
このお話と、最初にやった色分けゲームでの学びを踏まえて、生徒たちに質問を投げかけていきます。
 
漂流してきた男と島民は、お互いの言葉が理解できない中、どうすればコミュニケーションを取れたか?
→ 生徒たちも色分けゲームの時に「話してはいけない」という制約があったことを思い出させます。「おなが空いていることをジャスチャーで伝える!」「食べ物を指さす!」などの答えが挙がりました。
 
島民たちが彼に対してしたことは、良い方法だったか?(NO、という声が上がったので)自分ならどうしたと思うか?
→ 「食べ物を分ける」「温かいお風呂に入れてあげて、服を着させる」「家でもてなす」などの反応がありました。
 
本当にその男は島民を殺してしまう危険があったと思うか?
→ これに対する生徒の反応はさまざまでした。「いつ何をするか誰にも分からない」「ヤギ小屋の中にナイフがあったら使うかも」と答えた生徒も。また、「弱っているから、そんな力はなかったと思う」「島の人たちが勝手に想像を膨らませただけ」という意見も。差別や偏見、という言葉は出たわけではありませんが、「よそ者に対する漠然とした恐怖」というのは感じ取ったようでした。
 
最後のシーンで、島の周りを高い壁で覆ったことによって、何が起こると思うか?
→ この質問は、最初ピンと来ない子も多かったように見受けられました。ロジーナが「外に出られないし、中に入って来られないとしたら?」と言葉を補うと、「休暇中、島の外に遊びに行けない」「海水や魚を採れなくなる」「島の人が病気になっでも、外のお医者さんに診てもらえない」などの答えが出ました。
 
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■ストーリーの共有(15分)
ゲームと絵本を通じて、「違いによって起こる対立とその解決」について考えてきた子どもたちに、ボランティアのマドゥが、40年前にウガンダからイギリスへ移住してきた時に経験した自分のストーリーを話します。
(背景について補足:ウガンダは1894年にイギリスの植民地とされ、1962年に英連邦王国の一員として独立。1970年代のウガンダでは軍事政権による独裁政治が敷かれ、インド系住民が多数追放されました)
 
~ストーリー~
わたしは1973年に、両親と共にイギリスへ移住して来ました。他に選択肢はなかったのです。最初はロンドンにいましたが、その後結婚し、ヨークに移りました。知り合いは周りに誰もおらず、「外国人」である自分に話しかけてくる人はいませんでしたし、こちらから挨拶をしても無視されていました。生後18ヶ月の子どもを抱えて、夫が働きに出ている間は良く一人で家で泣いていました。
 
そんなことが続いていたある日、私はある賭けに出ることを決めました。隣の家のドアをノックし、こう言ったのです。「しばらく私の子どもの面倒を見てください」。そして返事も待たずに息子を預け、私はその場を離れました。
相手は、会話も交わしたことのない人です。もしかしたら、自分の子どもがひどい目に遭わされるかもしれない。怒鳴り込んで来るかもしれない。そういう不安ももちろんありました。でも、誰も私にチャンスを与えてくれないなら、自分からチャンスを取りに行くしかない。一か八か賭けてみよう。そう思ったのです。
 
そして30分後、私は再びお隣さんを訪ねました。「うちの子は、ご迷惑をお掛けしませんでしたか?」そう聞くと相手は、「全然!すごく良い子でしたよ。声を掛けてくれれば、いつでも面倒を見ますよ!」実際、彼女はとても優しい女性だったのです。それまでは知らなかっただけで。すると翌日、彼女から「良かったら、紅茶を飲みに来ませんか?」とお誘いがありました。こうして私は、イギリスに来て初めての友達ができたのです。
 
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その年の冬、私は大量のクリスマスカードを買いました。夫は「友達もろくにいないのに、そんなにたくさんのカードをどうするつもり?」と不思議がっていました。私は「メリークリスマス」のメッセージに、夫、自分、息子の名前を添えてせっせとカードを書きました。そして、自分が住んでいるストリートにある家 一軒一軒のポストにそれを投函していったのです。数えてみたら、全部88枚ありました。そうしたら、3人がクリスマスカードの返事をくれたので、私はとても嬉しかったの!
 
私がウガンダからイギリスに来た時、誰も相手にしてくれず、一人ぼっちでした。それが今では、毎年100人以上の友達からクリスマスカードをもらうようになったのです。待っていても、誰もチャンスをくれるわけではなかった。だから私は、自分からチャンスをつかみに行ったのです。これが、私のストーリーです。
 
■ここまでのまとめ(10分)
色分けゲームで、「少しの違いが排除につながること」を体験し、解決策を探し、
絵本を通じて「排除を生み出す原因と背景」について客観的に考え、
マドゥのストーリーを通じて「排除される側の気持ち」を知る
というプロセスを辿ってきた子どもたち。
 
• どうしたら、「排除」が起こることを止められるかな?
• 私たちは一人ひとりユニークな存在で、それぞれが素晴らしい。だから、みんな違って当たり前。
• 誰とも「違う」けど、「似ている」ところもたくさんあるね。
• お互いの存在を尊重し合うことで、ハーモニー(調和)が生まれるんだね。
 
そんなことをロジーナが話し、今日最後のワークへと移ります。
 
■マンダラのアイディアスケッチ(25分)
グローバル教育センターが学校で行うワークショップでは、最後にクラス全体でマンダラ(Mandala)を制作します。
マンダラ?・・・漢字で「曼荼羅」と書けば伝わるでしょうか。日本語だと仏教の世界観を表現した絵画を思い浮かべると思いますが、英語だとヒンドゥー教をはじめさまざまな宗教で「宇宙」を表すスピリチュアルなシンボルを指すようです。
 
このワークの目的は、「自分が大切にしている/したいもの」をイメージした一人ひとりのマンダラを描き、それを全て並べてクラス全体で大きな作品(布)にすることで、「多様性(ダイバーシティ)を認めあうコミュニティ」を可視化すること。出来上がったものは、教室の壁に飾り、いつでも振り返れるようにします。
 
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まずロジーナをJZが、他の学校の生徒たちが作ったマンダラや、いろんな国の人たちが描いたデザインを子どもたちに見せます。それぞれ、基本の形(円や六角形など線対称)は同じですが、描かれているイラストや色、模様はさまざま。たくさんの例を見せることで、ルールに囚われず自由に描いていいことを伝え、自分の作りたいイメージを良く考える時間を与えます(生徒たちの目が輝いていたのが印象的でした!やはり、実際に手を動かし何かを創り出す時間が必要なんだなと感じました)。
 
イメージが膨らんできたところで、マンダラの基礎だけ印刷されている白黒印刷の紙を一人ひとりに配布します。
 
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すぐに描き始める子、しばらく考えてから取り掛かる子などさまざまでしたが、みんな生き生きと取り組んでくれました!今日(前編)は鉛筆で下書きをし、次回のワークショップ(後編)で色を付けて完成させる、という流れになっています。
 
***
 
こうして文章にしてみたら、かなりのボリュームになってしまいましたが!グローバル教育・ダイバーシティ教育などに関心のある方にとって、何か一つでも参考になるポイントがあれば嬉しいです。わたしも帰国後は、再び教育ワークショップの企画・運営に携わりたいと考えているので、自分にとってのヒントという意味も込めて。
 
マンダラ・ワークショップの後編は、今月23日にまた学校を訪れて開催しますので、またレポートします♪
 
【追記】レポート後編もアップしました。
「違い」から生まれる対立を解決するには?【後編】 | 齋藤実央 Official Blog 【Enbook】
 

世紀の大発見よりも、一歩踏み出すきっかけを生み出したい

 
わたしが大学生のときに塾で教えていた生徒さんから、こんなメッセージをもらいました。
 
「もっと楽できる人生だったかもしれないのに、齋藤先生と出逢ってしまったせいで(笑)、
何度も何度も流されそうになりつつも、わたしは自分が本当にやりたいことを選ぼうとしてしまうんです」
 
当時 進学校に通う中学生だった彼女にとって、
「ネームバリューよりも、自分が勉強したいことができる大学を選んだ」
というわたしの言葉が衝撃的だったんだとか。
 
もう今では大学生になった彼女からのメッセージを読み返して、
 
その言葉を発した20代前半の自分に恥じない生き方をしたいし、
これからは考えや言葉だけでなく、行動で示していけるようコツコツやっていこう
 
と改めて思いました。
 
baby's breath
 
いわゆる優等生で、
いつも周りの期待に応えることに一生懸命。
内に秘めた熱い想いがあるのに頭で考えてしまうから、
なかなか行動に移せない。
本当は不器用なのに、器用に生きてしまった自分の殻を
今さらどう破ればいいのかわからない。
 
そんな人たちが
「自分も一歩踏み出してみたら何か変わるかも」
と思えるような、小さなロールモデルになりたいな。
 
わたしも昔は「石橋を叩いて壊して、結局渡れない」
ことばかりだったけど、
今は(ちょっとビクビクしながら)吊り橋を渡る勇気が出てきました。
足がすくむこともあるけれど、ね。
 
立派な企業を興したり
世界中で使われる画期的なサービスを生み出したり
歴史を変えるような発見・発明をしたり
 
そういう大それたことはできる気がしないけれど、
(やってのける人はすごいなと思うけれど)
 
わたしはわたしの道を行くことで、
一瞬でも人生が交差した誰かにとって
何かの勇気に繋がるような小さなきっかけ
を創れる人になりたいです。
 
そして一人ひとりの行動が少しずつ少しずつ
社会を動かしていくと信じているから。
 
さぁ、今日も自分にできる最大限のことを!
 
[Photo via praisewedding.com]

理想論だと言われても教育者として追求したいこと

 
フランスの風刺週刊誌「シャルリ・エブド」本社の襲撃事件。
 
シリアで起きた、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」による日本人の人質殺害事件。
 
今わたしはイギリスにいて、日本・海外メディアの報道やネット上での様々な反応を毎日目にしていて、心がいつもザワザワしています。
 
どこまでが「表現の自由」なのかとか、
「自己責任」がどうとか、
いろいろ意見は飛び交っている中で、
物事の「本質」はどこにあるのだろう
とわたしなりに考えて、わからなくなって、でも思考停止に陥りたくないからまた考えて。
 
個別の事件について(そしてこれらの報道やゴシップの陰に隠れてしまっているけれど世界のあちこちで進行中の問題について)思うところはもちろんあるのですが、このブログでは、イギリスで市民教育(シティズンシップ教育)を研究する学生・教育者としての想いを書こうと思います。
 
***
 
池上彰さんの日経新聞コラム(こちらの記事:「後藤さんの志を継ぐために」)に、こんなことが書いてありました。
 

こうした悲劇を防ぐには、どうすればいいのか。即効薬はありませんが、いまこそ求められるのは歴史観ではないのか。人間の愚かさと知恵の詰まった歴史を学ぶ中から、次の悲劇を防止する仕組みを構想する。

 
歴史を学ぶ目的は、試験のために年号や単語を暗記することじゃない。変えられない過去の教訓を現在に生かし、持続可能な未来に繋げることなのだと、わたしも考えています。
 
でも、それを子どもたちに教えられる大人は、教師は、どれだけいるだろう?
わたしは、いま世界で起きていることの「本質」をどのぐらい理解しているだろう?
 
***
 
「もっと学びたい」と思ってイギリスの大学院に来たけれど、学べば学ぶほど、まだまだ自分がわかっていないこと、深く知らなければいけないことがたくさんあると気付かされます。
わたしの専門は教育だけど、歴史も、政治も、法律も、経済も、ぜんぶ繋がっていて、果てしない。社会というのは、そんなにシンプルにできていないから。
 
だからこそ、学生時代にバラバラの科目ー国語、歴史、公民、生物などーで学んできたものは、本来それぞれの繋がりを意識して学ぶことが必要なのではないか、と市民教育の研究を始めてから強く思います。
 
では、それらを繋ぐものは何かということになるのですが、
こちらの記事にも書いたとおり、わたしは教育プログラム全体のベースには、社会正義(Social justice)の促進、特に人権(Human rights)の尊重という共通意識があるべきだと考えています。
 
そのために国はどのような教育方針、カリキュラムを打ち出すべきなのか、
 
学校現場では何をどう教えていけるのか、
 
わたしのいるNGOセクターではどのようなアドボカシー(政策提言)、サポートをしていけるのか。
 
考えなければいけないことは山積みだし、1年イギリスで研究して修士号を取っただけで答えが出るなんて思っていません。
 
ただ、世界中で起きている負の連鎖を見るにつけ、
取り返しのつかないことが起こってから表面上の議論をするのではなく、
根本的に、教育の在り方から考え直すべきなんじゃないか
という想いは強くなるばかりです。
 
「教育」というのはすぐに成果が出るような特効薬ではないし、
そもそも何が正しくて何が間違っていると言える話ではないので、わたしの考えは理想論だと言う人もいるでしょう。
でも、少なくともわたしは、「自分自身と他者の人権をどう守っていくべきか」を考え、議論する機会がもっとあるべきだと強く信じています。大人も子どもも。
 
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”どうせ自分は非力な存在で、どうあがいたって社会なんて変えられないんだな”
 
と、20歳の時にセルビアで抱いたやさぐれた気持ち。
 
そのあと、学生ボランティアの活動をスタッフとしてサポートする立場になり、徐々に自分の中で膨らんでいった、
 
”一人ひとりが、自分自身の役割や尊厳に気付き、他者と多様性を認め合いながら参加できる社会を創っていくために、教育者としてどうエンパワーメントしていけるだろう?”
 
という疑問。
 
これが、わたしが留学を決めた原点です。
 
国際情勢が揺らいでいて、何を、誰を信じたらいいのかわからなくなることもあるけれど。
こんな時だからこそ、原点に立ち戻って、自分にできることを一つひとつ着実にやっていきたい。
今すぐに何かを変えることはできなくても、過去の教訓を未来に繋げるために、教育のフィールドでできることがきっとあるはずだと信じて。
 
とりとめもなく書いてしまったけれど、ここ最近こんなことをぐるぐると考えています。
 
[Photo via zsazsabellagio.blogspot]

【修士論文】プロポーザル提出、執筆スケジュール

 
修士課程(MA)が始まってまだ4ヶ月弱しか経っていませんが、
そろそろ修士論文について考える時期です。
イギリスのMAは1年間と短いので、立ち止まっているヒマはないのです・・・
(そのため、イギリスへ大学院留学を考えている人は、修士論文で書きたいテーマについて渡英までにある程度考えておく必要があると思います!)
 
■指導教官について
 
指導教官(supervisor)はMAが始まってすぐの段階でランダムに充てられていて、秋学期中も月に一度のペースでミーティングがありました。その時は、修士論文についてというよりも、普段の授業について疑問や不安がないかどうか確認をする場、という感じでした。1人の教官に対して4人の学生が付いていて、全員集まってミーティングをしていました。
 
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左が、わたしの指導教官であるクリス(Chris Kyriacou – Education, The University of York)。
 
その後変更がない場合にはその教官のもとで修士論文を書くことになります。
自分の書きたいテーマに近い分野で研究されている教授に付くのかと思いきや、そういうわけでもなさそうです。わたしの専攻コースは「市民教育(シティズンシップ教育)」ですが、指導教官のクリスは心理学で学士(BA)を取り、ロンドンの学校で数学の教師をされたあと、教師のストレス(つまり教育の心理的側面)をテーマにケンブリッジ大学で博士(PhD)を取った方。市民教育の専門ではありません。
 
ただ、わたしの場合、幸運なことに自分が書きたいテーマがクリスの関心分野にとても近いことがわかり、プロポーザル(企画書)のドラフトを見せたところ「いいね!面白くなりそうだね!」と喜んでいました。わたしとしても、やりやすい!
 
■わたしの修士論文のテーマ
 
さて、肝心の論文テーマについて。
わたしは渡英前から関心分野が明確で、『コミュニティ活動が日本の大学生の市民意識に与える影響』について研究したいと考えています。具体的には、
 
・自己効力感(Self-efficacy)や自尊感情(Self-esteem)など自分自身の捉え方
・共感(Empathy)や市民としての責任意識
・ボランティアや寄付など慈善的行動への態度
・選挙での投票や政府への働きかけなど政治的行動への態度
 
などを考えています。特に、慈善的行動と政治的行動との間にはギャップがある(たとえば社会問題に関心があり、ボランティアに対しては積極的だが政治に対しては消極的)と感じているので、そこにも注目したいと。
 
【追記】イギリスのシティズンシップ教育でも柱の一つとされているCommunity involvement(コミュニティ参加)には、大きく分けると3つの実践方法があります。
 
①Volunteerism(ボランティアリズム):いわゆる「ボランティア」。自発的な活動。
②Community service(コミュニティ・サービス):自発的な活動とは限らない。
③Service-learning(サービスラーニング):学校の講義+コミュニティ活動+振り返りがセット。
 
私の研究では、まだ日本では実践例の少ない③サービス・ラーニングに焦点を当てることにしました。
 
わたしはこれまで、赤十字やYMCAなどの青少年教育プログラムに携わる中で、
 
・学生時代:ボランティアに意欲的に取り組んだとしても、一過性の「体験・思い出」で終わり就職活動の時期が来る

・就職活動:自分自身の価値や社会との繋がりについて考えるよりも、企業からの内定を勝ち取ることが目的になる(ボランティア経験は、履歴書やESを「飾る」一要素でしかない)

・卒業後:「会社で働いて稼ぐ=社会人」という捉え方が一般的で、「一個人としてどう社会に参加するか?」という姿が見えず、道に迷う(学生時代のボランティアが、長期的なコミットメントに繋がらない)
 
というスパイラルに陥る10~20代の若者を多く見てきたので(いやわたしもまだ若いけれども)、日本における学生コミュニティ活動の課題と可能性をシティズンシップの観点から研究することで、日本の市民教育(特に若年層の社会参加)の発展に少しでも寄与できるような論文を執筆したいと考えています。
 
■研究・執筆のスケジュール
 
3月中旬(春学期の10週目):プロポーザル(Dissertation proposal)のアウトライン提出
※わたしは1月下旬の時点ですでに出しています。前倒しで進めたい!
 
4月中旬(夏学期の2週目):最終版のプロポーザル、倫理監査フォーム(Ethics audit form:研究が倫理的に問題がないことを説明するもの)提出
※これが受諾されるまでは、リサーチデータを集めてはいけないことになっています。
 
4月中旬~5月中旬(夏学期の2~5週目):修士論文に関するプレゼンテーション(10分間)
※研究を進めるためには、これをPassする必要があります(細かい点数は付かないよう)。
 
5月:データ収集(文献研究、質問票によるアンケート、インタビューなど)
– 質問票ドラフト作成(上旬)
– パイロット(テスト)調査(中旬)
– 質問票の配布(本番)(下旬)→事後インタビューは6月にかかりそう
 
6月:データ分析
 
7月:ドラフトを指導教官に提出→フィードバックをもらう
 
8月:論文完成・印刷・製本
 
9月頭:論文提出
 
・・・と、このようなスケジュールで進める予定です。
 
■1~2月(春学期前半)の間にしておくこと
 
わたしの場合は、すでにプロポーザルのアウトラインが出来ているので、今はひたすら文献を探す時期です。
というのも、「修士論文では完全オリジナルな内容は求められていない(というかそれは難しい)」ので、先行研究に自分自身の仮説や問い(Research questions)を加える形で執筆するのが通常のスタイルなので、いかに自分の研究にとって意義のある文献を探し、批判的に読み解くか、がカギとなるわけです。
 
あとは、2週間に一度のペースである指導教官とのミーティングや、博士課程の学生の協力を得ながら、2月中には骨組みやリサーチ対象を固めたいと思います。
 
論文提出まであと7ヶ月。ベストを尽くします!
 

27歳。枝を広げるよりも、根を深く伸ばす一年に。

 
今年も無事に、誕生日を迎えることができ、27歳になりました!いつも応援してくれる家族、恋人、そして友人の皆さん、ありがとうございます。ヨークで、いつもと特に変わらない一日を過ごしています。
 

☆ビックリするほど髪が伸びました。帰国したら、美容師である妹に切ってもらうのが楽しみ!
 
毎年、誕生日になった途端にFacebookの自分のウォールにたくさんのメッセージが投稿され、本当に嬉しくありがたく思っていたのですが・・・今年は、自分以外の人は投稿できない設定にそっと変えてしまいました。
 
というのも、昨年あまりに多くの書き込みをいただいたため、わたしが読み切れないまま埋もれてしまった(お返事のコメントを書き損ねていることにあとで気付いた)ものもあり、申し訳なく思ったのと、
 
Facebookの機能で「今日はこの人の誕生日です」とお知らせ通知が来て、反射的に「おめでとう!」の一言を書き込むのって、うまく言えないけど、なんか違う気がするなぁとわたしが感じているから、というのが理由です(^_^;)あ、それがおかしいという言いたいのではなくて、あくまでも個人的な違和感です、あしからず。。
 
なので、ウォールに書き込みができなくても、わざわざ個人的なメッセージを送ってくださる方々がいるなら、それに対して丁寧にお返事がしたいと今年は思ったわけです。それでもなお、たくさんお祝いの言葉をいただいて・・・公開投稿ではなく個別メッセージであるぶん、プライベートな思い出話や、詳細な近況報告をしてくださる方が多く、今の自分にはこういう形のコミュニケーションが合っているな、なんて思った誕生日でした。
 
***
 
正直なところ、「27歳」という年齢にはあまり特別な感情を抱いておらず・・・(25歳を過ぎてから、年齢に対する感覚があまり変わっていないような気がします。毎年「アラサーだね!」とか言われるけど、だからどうっていうわけでもない。笑)
 
でも、最近、自分の価値観が少しずつ揺らいで、再構築されつつあることは感じています。仕事を辞めたから、とか大学院留学したから、という理由で「ドラマティックに自分が変わる」ような衝動的なことではなく、
 
これまで自分のありたい姿とか、立ち位置とか、周りとの関係性など、ここ1~2年でゆーっくりと大きな流れが変わってきているような気が何となくしているのです。わたしにしては珍しく、感覚的な話になってしまうのですが。
 
そんな中で、自分はどんな風に行動していきたいのかな、ということを言葉にして再確認してみようと思い、一応誕生日という節目を迎えたので、ここに綴ることにしました。
 
■他人目線ではなく、もっと自分本位に。
・社会的評価や目に見えるわかりやすい結果を追い求めることから一旦離れる。「自分のために」やりたいと思うことに挑戦し、地道に実績を積み重ねる。
 
■万人ウケよりも心地良い関係を。
・みんなに好かれることよりも、自分が心地良くいられる範囲で、一対一の人間関係を大切にする。そして、変わらずに愛してくれている人たちへの感謝の気持ちを言葉で伝える。
 
■勇気が必要な、ワクワクする方へ。
・迷ったら、楽な道よりも勇気のいる方を選び、周りの期待よりも自分の直感、ワクワクする気持ちを優先する。でも「あれもこれも」と欲張らず、心身の健康を第一優先に。
 
■「広く浅く」よりも「狭く深く」。
・中途半端な専門家気取りのアウトプットはしない。たとえ狭くても、自分が本当に興味のあることを深く学び、本当に伝えたい人に向けてシェアすることに注力する。
 
■その時の自分だからできること。
・「いま、ここ」だからできる選択・行動を意識する。それと同時に、その少し先にある未来もイメージしておく。
 
***
 
昨年の7月にイギリスに来てから、半年。
わかりやすい苦労や挫折は、実は経験していません。思ったよりも「こなせてしまっている」というのが正直なところです。
だからこそ、逆に焦りもあります。もっと自分に負荷をかけるべきなんじゃないか、とか・・・
何よりもツライのは、「この人、すごい!わたしも負けていられない」と思わせられるような、自分を引っ張り上げてくれるような人が周りにいないことです。これまで常に、コンプレックスとか憧れを原動力に突っ走ってきたわたしにとって、これはなかなか戸惑う環境だったりします。
 
と同時に、
「周りと比較することで自分の立っている場所を評価する」
というやり方から、
「自分自身の軌跡と理想を信じて、地道に積み上げていく」
ということに注力すべき転換期なのだろうともぼんやり思っています。
 
ここ2~3年は、働きながら自分のプロジェクトを立ち上げたり、毎月のようにイベントを主催したり、メディアにも露出したり、どんな仕事の依頼も片っ端から引き受けることで「とにかく自分の実績を増やす」ことに躍起になっていました。
 
そのおかげで出会えた人、学んだことは数えきれないぐらいあるので、全く後悔はしていないし、それが必要な時期だったのだと自分でも思います。でも、欲張りすぎて地に足がついていなかった部分もあったかも。今年は、また1から地道に積み上げていきたいな。
 
「何も咲かない寒い日は
下へ下へと根を伸ばせ
やがて大きな花が咲く」
 
(マラソンの高橋尚子選手の座右の銘だそうです)
 
これからの一年、9月まではイギリスで勉学に励むわけですが、「外へ外へ」と枝を広げるよりも、「下へ下へと」根を伸ばしていきます。28歳になる時には、小さくてもいいから何か花が咲いているといいな。ブログでの発信も気ままに続けていきますので、お付き合いいただけたらうれしいです!今年もどうぞよろしくお願い致します。
 

シティズンシップ教育を知りたいときに役立つ書籍・サイト集

 
自分のための備忘録も兼ねて、わたしが英国・ヨークで学んでいるシティズンシップ教育(市民教育)の関連リンクをこちらの記事にまとめておきます。関心のある方にとって参考になれば幸いです!
ちなみに、下記リストで★印がついているのは、わたしがニュースレターを購読している団体。定期的に最新情報を得られるのでオススメです♪
 
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photo via dealingsonnet.tumblr.com

 
■英国政府のウェブページ
Department for Education
National curriculum in England: citizenship programmes of study
Ofsted (the Office for Standards in Education)
 
■EU(欧州連合)関連組織のウェブページ
◎欧州評議会(Council of Europe)
Education for Democratic Citizenship and Human Rights (EDC/HRE)
 
◎欧州委員会(European Commission)
・EU加盟国の統計データベース(便利!):eurostat
 
■研究機関・ネットワーク
International Centre for Education and Democratic Citizenship (ICEDC) – UCL Institute of Education, University College London
International Migration, Integration and Social Cohesion – IMISCOE
 
■非営利組織(NGO、チャリティ)
◎若者政策(Youth policy)全般
Youthpolicy.org
 →世界各国の若者政策に関するデータベース(便利!):http://www.youthpolicy.org/resources/
 
◎シティズンシップ教育
Association for Citizenship Teaching
The National Foundation for Educational Research in England and Wales
 →研究レポート:CELS: The Citizenship Educational Longitudinal Study – 2001-2010
citizED
Citizenship Foundation
DARE Network | Democracy and Human Rights Education in Europe
Global Citizenship | Oxfam Education
Community Service Volunteers
The European Wergeland Centre
 
◎人権(Human Rights)
British Institute of Human Rights
 
◎グローバル教育
Think Global
 →教材のデータベース:Global Dimension
Centre for Global Education York
 
◎持続可能な開発
ESDN | European Sustainable Development Network
 
■オンラインで読めるジャーナル
Citizenship, Social and Economics Education (ISSN 2047-1734)
Journal of Social Science Education (JSSE)
Taylor & Francis Online :: Citizenship Studies – Volume 19, Issue 1
The Journal of Corporate Citizenship (JCC) ISSN 1470-5001 (print)/ISSN 2051-4700 (online)
Journal of Global Citizenship & Equity Education
 
■関連資料
Education for citizenship and the teaching of democracy in schools. Final report, 22 September 1998(通称:クリック・レポート)
Sustainability, Development and Global Citizenship (Institute of Education, University of London)
Citizenship Education in Europe (Published by the Education, Audiovisual and Culture Executive Agency, 2012)
 
■日本語で発行されている関連書籍
『市民権とは何か』デレック・ヒーター (著)、田中 俊郎・関根 政美 (翻訳)
→大学院での授業で最初に扱ったのが、この原書でした。
 
『社会を変える教育 Citizenship Education ~英国のシティズンシップ教育とクリック・レポートから~』長沼 豊 / 大久保 正弘 (編著)、バーナード・クリックほか(著)、鈴木崇弘 / 由井一成 (訳)
→巻末にクリック・レポートの和訳も付いていて、英国のシティズンシップ教育について基礎知識を得るのに役立つ一冊。